SaaS ERPをFTSで導入するためのチェンジマネジメント 総論賛成から各論反対/意識改革の分岐点 その2:経営者インタビュー

前回の「SaaS ERPをFTSで導入するためのチェンジマネジメント 総論賛成から各論反対/意識改革の分岐点 その1:スタートアッププログラムの意義」に続き、今回は経営者の意思と現場をつなぐ、ことを目的とした経営者インタビューに焦点を当てていきます。

第ニステップ:共感〜変革の意識が芽生える〜

ERP導入はトップダウンが必要であるということは誰もが認める事実です。しかし、トップである経営陣の肝入りで始めたプロジェクトだからといって、プロジェクトが順風満帆に進むとは限らないこともまた事実です。なぜトップダウンで始めたにも関わらず、プロジェクトがうまくいかなくなるのか? それにはいくつかの理由があります。

経営陣は本当に関心を持っていたか?

一つ目は、「経営陣はITに関心があったのか?」とういことです。

経営陣がプロジェクトに参画することの利点として、チームの絆づくり、事業や部門を跨いだ利害の調整、重要な意思決定、があります。また、経営陣が関与しないプロジェクトは脆いものです。わずかなほころびは瞬く間にプロジェクト内外に広がり壊れてしまいます。

こういったことの積み重ねが、「現場と経営陣の溝を作り、温度差となって「やらされ感」となるのです。

よくある失敗のパターン

よくある失敗例としては、まずベンダー選定の段階で「業務ユーザーがOKならそれで良いだろう」と判断を任せきりにしてしまい、プロジェクトキックオフでは理想論ばかりをあげ、プロジェクト進行中では良い報告だけが経営陣の耳に入り、問題に火がついていることを知った時には手遅れ、というパターンです。結果として、業務ユーザーから「これでは仕事が回らない」と声が上がり、その要望に応える形でERPにアドオンを重ねざるを得なくなり、最終的にはERPが原型を留めないほど改造されていしまうのです。

なぜ経営陣は参画しなくなるのか?

では、なぜ、こうなるまで経営陣がプロジェクトに参画しないのでしょうか?

ほとんどの経営陣は多忙であり、ERP導入プロジェクトの優先順位が低いことが挙げられます。最近は減ってきましたが、以前であれば、「ITのことは聞いてもよくわからない」ので、結局プロジェクトから足が遠ざかっててしまう。また、プロジェクトメンバー自身も「うちの経営陣にはどうせ言ったところでわかってくれない」と諦めていることも理由の一つでしょう。

ゆえに、経営陣はプロジェクトに深く関与し、継続して参画し、常にプロジェクトに関心を示し、プロジェクトの状況をよく理解しておく必要があるのです。その第一歩が経営者インタビューです。

経営者インタビューとは何か

経営者インタビューは、経営トップの考えを明文化してプロジェクトメンバーが同じゴールをもち、そのベクトルを合わせることにあります。これによりプロジェクトメンバーは、危機意識を持ってプロジェクトの期待値を合わせるというとです。言いかえると、経営者インタビューの目的は、プロジェクトメンバーが経営者視点でプロジェクトに対する期待を認識し、近視眼的な視点にとらわれることなく、To-Beへの意識を高めることにあります。

この経営者インタビューを通じて、経営の意思と現場をつなぎ、共通の目的を形成するのです。

インタビューの4つの視点と現場から見える実例

経営者インタビューは大きく分けて、企業の視点、経営トップ個人の考え方、ERP導入に関する理解、BPRやチェンジマネジメントの視点の4つから構成されています。以下、それぞれの視点で見えてきたリアルな傾向と印象的な事例を交えます。

1. 企業の視点:ビジョン、道筋、ポジショニングの可視化

企業の視点では、3年から5年における中長期のビジョンとその実現に向けた道筋を知り、自社におけるSWOTとサプライチェーン上のポジションや優位性を可視化します。

ここでの回答で共通しているのは、「既存事業の強化だけでなく、業界全体の変化や社会価値創造を意識した中長期ビジョンを掲げている」ことです。

ここでの回答で共通しているのは、「強み」や「差別化要因」に「流通基盤」「生産対応力」「製品多様性」といったオペレーションそのものを経営基盤とみなす姿勢が多いことです。ある食品企業では「生活者視点での体験価値創出と、マーケティング主導の構造改革」を掲げ、別の飲料メーカーでは「CSV経営による社会的信頼の獲得と収益性の両立」を目指しています。また、別の企業では「物流・製造・販売拠点を含めた一気通貫体制」がトップビジョンの中核に位置づけられています。

一方で、弱みとして「海外展開力」「デジタル知見」「新規ブランド創出力」といった将来視点の課題を挙げる傾向も見られました。

2. 経営者個人の視点:危機意識と日々の判断軸

個人の考えでは、直近で最も重視している経営課題や懸念事項を挙げ、「経営トップはどのようなことに危機意識を持っているのか」を問います。

ここで興味深いのは、「眠れないことは何か?」という問いへの反応です。ある経営者は「現場に負担をかけすぎていないか」「少人数でプロジェクトを進める企画チームの疲弊」が最も気になると語り、逆に「よく眠れている」と明言した企業では、経営陣が日々ワンチームとして会話を重ねる文化が根づいていました。

また、プロジェクトへの期待として「たとえ数値で測れなくても、社員の士気を高めること」「多様な働き方を受け入れられる仕組み」を重視する声もあり、経営者が現場のウェルビーイングや心理的安全性を重視し始めている兆候も見受けられます。

ここで見えてくるのは、プロジェクトそのものの成否よりも、“どうやって人を巻き込むか”への関心が高まっているということです。

3. ERP導入に関する理解と期待

ERP導入に関しては、投資の背景と目的、また複数事業への導入であれば共通化やシナジーへの期待、自社の現状のITレベルや能力をどのように判断しているのか、これがERPによってどの程度改善するのかっといった期待があるのか、などを確認します。ERP導入による効果測定と継続的な改善についてもふれます。加えて、新技術による業界変革のインパクト、や成功事例の取り組みの考えがあるのかを確認します。

共通していたのは、「標準機能でどこまでできるか」を重視する声です。過去にアドオンや個別開発によってプロジェクトが頓挫した経験を持つ企業ほど、今回は「パッケージの機能そのものを活かす」と明言していました。

また、自社のITレベルについては、複数の企業で「昭和〜平成初期レベル」「システムが繋がっていない」「Excelが現場のダッシュボード」などと率直に語る例もありましたが、それでも「可視化と行動のセットで価値が出る」という実感を伴った発言が印象的でした。

期待効果としては、需給精度の向上、廃棄損の削減、コストの最適配分、士気と働きがいの向上(=可視化による納得感)など、数値面と文化面の両側からERPを捉える姿勢が共通しています。

4. BPRとチェンジマネジメント:リーダーの在り方を問う

インタビューの中でも、ここが最も重要なパートです。目的は、組織改革の取り組みがどこまで進んでいるのか、ERP導入によって会社がどのように変わると見込んでいるのか、そして経営層自身が自社のチェンジマネジメントをどう捉えているのかを明らかにすることにあります。

特に問われるのは、経営トップがどの程度の頻度でプロジェクトに関与し、意思決定をサポートまたは自ら下す意思を持っているかです。ここで、経営陣から「誰々に任せている」といった発言が出てくると、プロジェクトに対する経営の関心の薄さが露呈し、早くも黄色信号が灯ります。

加えて、組織風土や企業文化にも深く踏み込みます。一見ポジティブに見える「仲間意識の強さ」も、必ずしもBPR(業務改革)を進めやすくするとは限りません。変革には必ず一定の抵抗が伴います。その抵抗を最小限に抑えるためには、組織の文化的背景を理解し、あるいはその文化を形づくってきた経営トップ自身が、リーダーシップとコミニュケーションの在り方をどう考えているのかを明らかにすることが重要です。

また、前向きな社員とそうでない社員に対して、どのようなアプローチやメッセージで向き合っていくのかという視点も欠かせません。多くの経営者は、こうしたテーマについて明確に言語化したことがないケースがほとんどですが、だからこそインタビューを通じて経営トップが内に秘めた想いを引き出すことが非常に大きな意味を持ちます。

さらに、ERPやBPRを成功に導く上で、新たに必要となるスキルや人材像、リスキリングに対するサポート体制を確認していきます。そして最後に、プロジェクトメンバーにどのようなマインドセットを期待しているのか、どの程度の権限移譲や裁量を与えるつもりなのかを問うことで、組織としての変革意志を確かめることができます。

インタビューを通じて共通して語られたのは、「チェンジマネジメントは仕組みやスローガンではなく、誰が語るかで決まる」ということでした。特に、情報システム出身で現場経験も豊富なキーパーソンが改革の先頭に立っている企業では、現場からの信頼も厚く、「推進チームの判断なら任せたい」という空気感が自然と形成されていました。このような、実務で語れるリーダーが中間層に存在しているかどうかが、現場の納得度を大きく左右するのです。

一方で、複数の企業で浮かび上がった構造的な課題としては、目的意識のズレ、SCMと営業で別々に行われる需給予測作成の二重構造、工場KPIと全体最適の不一致などがありました。こうした“KPIの不整合”が、チェンジマネジメントを阻害する根深い要因となっていることも見逃せません。

経営者インタビューをプロジェクトにどう活かすか

こうした気づきや課題認識を、現場での行動につなげていくためにも、経営者インタビューは単なる記録や儀式ではなく、プロジェクトの道しるべとして活用されるべきです。

このインタビューは、内容を精査した上でプロジェクトメンバーに公開し、前回の記事で紹介したスタートアッププログラムの1コンテンツとして取り上げます。単なる報告資料ではなく、「なぜこのプロジェクトを進めるのか」「このERP導入で何を成し遂げたいのか」といった問いに、経営の言葉で明確に答えるものです。

「我が社の未来をどう考えているのか」

「このERP導入で、何が変わるべきなのか」

その答えが経営者の口から語られ、文章として残される。これに触れたプロジェクトメンバーは、“変革は他人事ではない”という意識を持ち、自分ごととして納得と共感が生まれます。

そして何より重要なのは、プロジェクトが紆余曲折を経て、暗礁に乗り上げそうになったときこそ、このインタビューに立ち返るということです。

なぜ始めたのか」を思い出し、迷ったときの原点として、もう一度立て直す。それこそが、経営者インタビューが果たすべき本当の役割なのです。

次回予告

次回の「SaaS ERPをFTSで導入するためのチェンジマネジメント」は、「内省:改善点を知る」です。業務の属人化や現状のやり方に対するこだわり、そして本当に変える必要があるのか?、と言う内なる抵抗を抑え、どのように「変わるべきは自分たちかもしれない」と意識が変化していくのかを伝えます。次回もご期待ください。