SaaS ERPをFit to Standard で導入するための外注管理【応用編】 無償支給シフトとサプライチェーン改善
前回の基礎編では、外注の分類や戦略および支給品の扱いなど外注管理の全体像を体系的に整理しました。今回はその結果を基に、FTS(Fit to Standard)アプローチで外注プロセスを再設計しながら、無償支給と有償支給をどう切り分け、外注サプライチェーンをどこまで磨き込めるかを解説します。
本稿は、まずFTS三段階プロセスで課題をあぶり出し、その上で収益認識基準というルールブックを確認し、有償・無償の選択ロジックとERPにおける実務を整理します。さらに無償支給への移行手順とサプライヤポータルによる運用強化策を示し、最後に効果を総括します。
FTSで外注管理を再設計する三段階
先ずはFTSアプローチで外注管理の標準モデルを棚卸し、課題をピンポイントで炙り出す三段階プロセスを実施します。
- 標準モデルの棚卸し:
SaaS ERP に備わる委託製造、支給品出庫、完成品受入など外注管理関連の標準プロセスを洗い出し、機能とデータモデルを可視化します。 - To‑Beヒアリングと合意形成:
棚卸しした標準モデルを土台に、現行業務を「目的・制約・頻度・関係者」の四軸と標準化の観点で整理し、課題とニーズを抽出します。このとき法令・顧客契約に起因するものだけを必須要求(Must) と定め、それ以外は業務側で合わせ込む方針を関係者全員で共有します。 - 課題特定フェーズ:
抽出した課題とニーズ、特に見直しが置き去りにされていたプロセスを経営視点で重点的に洗い直し、実機検証の足がかりを作ります。
この三段階を踏むことで、属人運用や在庫差異に振り回されない外注スキームへ飛躍する準備が整います。
収益認識基準
本題に入る前に、2021年4月に改正された収益認識基準について簡単に触れておきます。外注管理にも影響するためです。イメージしやすい例として、家電量販店が10万円のテレビを販売し、購入額の30%をポイントとして付与するケースを挙げます。従来は10万円全額を売上高に計上していましたが、新基準ではポイント相当の3万円を「契約負債」として繰り延べ、顧客がポイントを使用した時点で収益として認識します。返品権付き販売も同様で、見込返品分をあらかじめ「返品負債」として計上する仕組みです。
これが有償支給ではさらに複雑です。支給元が買戻義務を負う場合、支給品は支給時点で棚卸資産として残り、対価は「有償支給取引負債」として計上されます。完成品を仕入れた段階でその負債を消し込み、差額を棚卸資産へ振り替える必要があります。買戻義務がない場合は支給時に在庫も収益も計上されませんが、いずれにしても帳簿価額に利益を上乗せしても負債に振り替わるだけでキャッシュフローが増えるわけではありません。従って、支給方法の選定では財務インパクトだけでなく、在庫実在性や内部統制コストも合わせて評価する必要があります。
有償支給と無償支給の選択肢
収益認識基準の要件を踏まえると、外注サプライチェーンでまず決めるべきは支給品を「有償で渡すか・無償で預けるか」 という点です。支給方法は有償・無償・自給品の三通りありますが、実務で悩ましいのは前者二つの切り分けです。
「有償なら在庫管理の手間が減る」「売上が計上できるから得だ」といった従来の発想は、前掲の新基準では成り立ちません。買戻義務を負えば在庫も負債も支給元に残り、義務がなくても利益上乗せ分は負債に振り替わるだけでキャッシュフローは良くなりません。つまり、有償=メリット という図式は崩れています。
それどころか、有償支給をPull型(消費実績補充)で運用すると、支給元側にP-BoMが未整備のままになりやすく、材料コストが不透明になったり、需給計画・トレーサビリティーがERPの標準機能だけでは完結しない、といった実務でのリスクが顕在化します。しかも債権・負債仕訳や内部統制手続きが増え、管理コストは確実に膨らみます。
従って、ERPをFit to Standardで導入する今こそ支給ポリシーを根本から見直す好機と言えます。オペレーション負荷、財務影響、在庫精度を総合評価した上で 無償支給を標準とし、例外的に有償を認める、そんなシンプルなルールへ再構築することが必要だと思うのです。
ERPの有償支給オペレーションを深掘りする
有償支給を「受注入力→納品」で処理する場合、ERP上では販売系トランザクションと在庫・会計トランザクションが複雑に絡み合います。先ず、出荷伝票が発行されると数量は在庫から引き落とされますが、買戻義務を負っている限り帳簿上の資産区分は自社の棚卸資産にとどまり、売掛金ではなく金融負債を計上する必要があります。この負債は通常の売掛金残高と混在させられないため、得意先マスタや勘定コードに特別なフラグを立て、売上科目とは別レーンで管理しなければなりません。
さらに原価の観点では、出荷時点で標準原価を差し引くわけにはいかず、支給品の原価を棚卸資産として持ち続けながら、加工サービス費用だけを後日の完成品受入で振り替える仕組みとしなければなりません。材料と加工費をタイムラグつきで分離するため、原価の配賦設定も増えます。
税務・インボイス面でも煩雑さは残ります。有償支給品を国内出荷する場合、適格請求書の発行要件を満たすには「売上」でない負債計上取引に対し税区分をどう設定するか、システム内で例外ルールを組まなければなりません。輸出(クロスボーダー)であれば、出荷時に資産が自社に残る一方で輸出書類には価格を記載する、という法規制上グレーなケースが発生し、通関との整合も課題になります。
最も手間が表面化するのは、製品終売や設計変更に伴う買い戻し義務が発動したときです。支給時に記録した単価にはロット別の値引きや為替リマークが反映されていることが多く、「いくらで売ったか」を正確に遡求するには販売伝票と会計仕訳を突き合わせ、さらには当時の原価を再計算する必要があります。システムに自動照合機能がなければ経理と調達が手作業で、差異の理由を書面化する作業が発生します。
こうした工程を月次で締める度に、在庫明細と負債残高の照合、税区分の妥当性チェック、原価差異の再評価、監査ログの整合確認が連鎖し、製造・調達・経理・税務・貿易管理といった多部門にまたがる統制フローが複層化します。結果として「在庫管理の手間を外注先任せにする」どころか、社内のオペレーション負荷は販売・財務・税務・物流の四方向に拡散し、無視できない管理コストを常態化させてしまうのです。
無償支給の利点
こうして俯瞰すると有償支給は、オペレーションに見合うだけの経営メリットを得るハードルはかなり高いことが分かります。その対極にある無償支給は、外注プロセスをひとつの在庫・ひとつの仕訳という単純な構造にできる点が最大の強みです。支給時はゼロ金額の委託出庫で済むため販売モジュールを経由せず、在庫は一貫して自社資産として動くので棚卸差異の原因分析もシンプルになります。会計面では、支給品を消費した瞬間に在庫を即座に引き落とせるため、リアルタイム性が大幅に向上します。原価面でも、加工サービス費用だけを標準原価に積み上げるロジックが崩れず、原材料・加工費・外注費といった構成要素を正確かつ一気通貫でトレースできるようになります。
需給計画では、支給品の在庫残をリアルタイムに参照できるので、補充発注を従来より一サイクル早く出せるようになります。トレーサビリティーも、部品ロットと完成品ロットがERP内で同じ品番系列を共有するため、リコール時のトレースバックを“完成品番号→使用原材料”の一方向検索で完結させられます。経理締めでは「在庫‐負債転記が消えただけで、月次仕訳件数が減り、棚卸調整にかける時間も短縮することでしょう。
もちろん、法令・制度上やむを得ない場合や外注先にコスト意識を持たせたいなどの理由で有償を選ぶ業態もありますが、製造業でERPをFTSで導入し標準機能で運用することを重視するなら、無償支給を基本形に据え、例外的に有償を採用する設計のほうが、オペレーション効率・原価の透明性・監査対応のいずれの面でも理に適っています。
有償支給から無償支給への移行方法
有償支給と無償支給を並べてみると、「やはり無償の方がシンプルで価値があるな」と感じられたのではないでしょうか。ここからは、有償方式を無償方式へ切り替える具体策に入ります。影響箇所は、P-BoM設定、原価計算、契約変更、価格変更、棚卸、支給品の移動処理、会計仕訳、配送ルート、と多岐に渡ります。しかし、だからこそERP導入を転機に取り組むことが重要なのです。
P-BoM設定:外注工程タイプと委託在庫フラグを設定し、支給品を構成に登録
原価計算:原価構成要素を加工費と原料(無償支給品)で分離
契約変更:加工委託契約から材料売買条項を外し、サービス契約と支給品預託契約へ再構成
価格変更:ERPの購買オーダを加工サービスのみの価格に再設定し、支給品はゼロ金額の委託出庫トランザクションに置き換え
棚卸:移行基準日時点で外注先在庫を棚卸し、在庫戻しと売掛/負債相殺を同日に処理
支給品の移動処理:物理的な戻しが不要なら帳簿上で買戻仕訳のみ実施
会計仕訳:在庫戻し、負債消し込み処理
配送ルート:委託出庫ルートへ切替え、必要に応じ輸出/輸送書類の再定義
支給品消費を外注先から正確に収集する難しさ
無償支給化で在庫・会計のシンプルさは手に入りますが、その裏側で支給品在庫を正確に追い掛ける負担が確実に増します。基礎編で説明した通り、支給品は元来、バックフラッシュ処理による簡略化ゆえに「消費量≠実際量」になりやすく、在庫誤差の温床になってきました。これを是正するためには、外注先から実消費量を報告してもらう運用が必要です。しかし、紙伝票やメールで都度報告を求めても手間が大きく、現場に定着しにくいのが現実です。
そこで、サプライヤポータルを用いて支給品の在庫管理を容易にして、月末棚卸に頼ることなく在庫管理の精度を高める方法を紹介します。
サプライヤポータルの概要
サプライヤポータルは「発注元ERPに蓄積された計画情報を、そのまま仕入先の⼿元で操作・更新できる」ことを狙った協働プラットフォームです。仕入先はブラウザを開くだけで、所要量計画や発注残を一覧し、見積回答・価格合意・納期回答・出荷通知(ASN)の各ステップをオンラインで入力できます。支給品の払い出し数量や残量も同じ画面に表示されるため、在庫差異を日次で確認しながら補充要請を返すことができます。ラベルや納品書もポータル側でバーコード発行すれば、受入検品はスキャンだけで完結しますし、その進捗状況を可視化することもできます。
また通信はWeb APIでリアルタイム同期されるため、従来のEDIバッチや発注書メール/FAX は不要になります。過剰消費や不足消費といった異常値が入力された場合は、ワークフローが自動でエスカレーションし、例外処理だけを担当者へ通知します。結果として「発注→補充→消費実績→請求」のサイクルがシステム上で途切れず流れ、支給品在庫の精度を月末棚卸しに頼らず日次で維持できるようになります。
また、マスターデータはERP側で一元管理されているため、仕入先は新規品目や取引条件を別途登録する必要がほとんどありません。
リアルタイム報告による在庫精度の向上
支給品在庫の誤差は、外注先からの実消費報告が遅れることに起因し、計画のブレや余剰バッファを招いてきました。サプライヤポータルで消費量をリアルタイムに取り込めば、この誤差がほぼ解消され、まず在庫精度が大きく向上します。正確な在庫データを前提にMRP処理がされるため、不足を早期に検知して補充発注を従来より前倒しで出せるようになり、材料欠品や過剰補充を同時に抑制できます。その結果、納期遵守率(完納率)や在庫日数が改善し、ライン稼働率も向上します。さらにポータル上で滞留在庫や納入遅延をKPIとして共有すれば、発注元と外注先が同じ事実に基づき改善策を即座に打てるため、サプライチェーン全体のレスポンスと効率が一段階引き上がります。
まとめ
外注管理は、製造業にとってFit to StandardでSaaS ERPを導入する際に必ず乗り越えなければならない関門です。支給品の持ち方を軸に、有償・無償の判断ロジック、契約とERP設定の同時見直し、リアルタイム在庫連携までを一貫して設計できれば、支給品管理・在庫連携・設計変更といった複雑な実務をスムーズにモデル化できます。無償支給とサプライヤポータルを組み合わせることで在庫精度とサプライチェーンKPIを引き上げつつ、会計・内部統制の負荷も抑えられる。これが本シリーズで示した「外注管理×FTS」の到達点です。