ERP知識シリーズ 運用移行①:プロジェクト開始前に決めておくこと「運用移行方針」
新しいシステムが本稼働を迎え、利用する現場では、問題なくシステムが使われ始める。不慣れなことがあってもサポートメンバーが適切に助言して、業務は滞りなく継続される。ERPシステムの本稼働はこんな風に始まりたいものです。
今回の投稿では、運用移行に焦点を当て、ERP導入プロジェクト前に決めておく運用移行方針から、体制作り、現場に応じた実施事項といった、実践に基づいた解説をしていきます。
ERP導入における移行作業は、運用移行、システム移行、そしてデータ移行の三層で成り立っています。以前投稿で紹介した「ERP知識シリーズ データ移行」と合わせて見ていただくと、運用移行とデータ移行の関係の理解に深みが増すことでしょう。
運用移行方針を定める
初めに決めることは運用移行方針です。これは、ERPプロジェクト開始前の構想策定段階で定めて、そのうちいくつかはITベンダーにRFPとして要求する事項です。
なぜプロジェクト発足時点でここまで決めるのか。運用移行方針の中には、本稼働日の選定や外部取引先への周知、教育の体制づくりのように関係者が多い論点が含まれており、後から動かすほど調整が難しくなります。さらに重要なのは、見積やスケジュールに影響する前提条件をRFPに明記しておかないと、後になって追加費用になったり、スケジュールが伸びたりしやすいことです。例えば、旧システムとの並行稼働を行うかどうか、どの範囲でどれくらいの期間行うのかで、検証や運用支援の負荷が変わります。安価なマニュアル作成ソフトでも、先に予算に入れておかないと、後になって予算を増やすのに苦労するでしょう。本稼働前後に現地支援をどれだけ置くのか、外部取引先への連絡や受入確認をどこまで含めるのかも同様です。ゆえに、運用移行方針は、発足時点で前提条件として揃え、RFPに含めておく必要があります。
プロジェクト発足のトリガー(起点)も押さえておきます。トリガーがシステムの老朽化や保守サポート切れ(EOS)なら、置き換え対象は現行システムが担っている業務を中心に決まります。トリガーが業務改革なら、先に対象業務が決まり、そこから対象システムが見えてきます。どちらでも、データ移行の範囲は対象業務に従って決まり、運用移行はその影響を現場へ落とし込む役割を担います。
対象の事業と業務が決まったら、次は「時期」「経営や組織」「現場対応」を決めていきます。
タイミング・スケジュール
業務の閑散期を利用:
本稼働日には繁忙期を選びたくないでしょう。仮にトラブルが起きたとしても経営インパクトを抑えたいですし、忙しい時期にさらに人手を割くのは難しいことです。
本稼働日の慎重な選択:
本稼働日は、最終のデータ移行を業務が止まっている日に実施する想定で決めるのが一般的です。そのため、火曜日から金曜日は避けて、月曜日が候補になりやすいです。ただし、データ移行の方法がビックバン型で、マスターデータを最新化して旧システムからエクスポートするなど作業が多くなる場合は、週末だけでは時間が足りず、年末年始やゴールデンウィーク、お盆休みなどの大型連休を前提にしないといけなくなります。
会計期間の調整:
会計期間を考慮すると、期首開始は区切りが明確になり、システム移行やデータ移行の難易度は下がります。一方で、期首は年次決算の締め処理と重なるので、運用移行の観点からすると繁忙期にあたります。そこで、期首開始を選ぶ場合は、年次決算の負担が重い理由をプロジェクト中に整理し、負担を軽くする手当ても含めて計画に入れておきます。例えば、締め処理の手戻り、関係部門の待ち、集計手順の属人化など、負担の中身は分解できます。
他プロジェクトとの調整:
会計期間や繁忙期以外に考慮すべき点として挙げられるのは、「他プロジェクトとの調整」です。例えば、新工場や配送センターの新設に伴い、ERPシステムをこのタイミングに合わせるのか、あるいはあえて時期を分けてリスクを分散するのか、判断が必要になります。一般的に、工事の工期をこちら都合で変えることはできないので、竣工の前後に一定期間の余裕を取り、先に稼働した側の安定化を優先する設計が現実的です。こうした判断は、発足時点で関係者の前提を合わせておくほど、後で揉めにくくなります。
経営・組織
プロジェクト兼任メンバーの協調:
ほとんどの企業は複数のプロジェクトを並行で進めています。そのため、どうしても複数プロジェクトを掛け持つプロジェクトメンバーが出てしまいます。ここで必要になるのが、進行中の他プロジェクトとの調整です。人材の競合を避け、プロジェクト間での協調を図るため、他のプロジェクトとの優先事を明確にして、必要に応じて稼働割合やスケジュールの調整を行います。ここを発足時点で押さえるのは、後から調整しようとすると、主要メンバーが確保できず、プロジェクトに大きな影響及ぼすからです。
並行稼働の可否:
並行稼働(旧システムと新システムを一定期間同時に稼働させること)は、リスク分散の効果があります。一方で、リソースとコストが増え、現場の負担も倍増することを考えなければなりません。したがって、並行稼働の期間や範囲は、目的と許容負荷をセットで決める必要があります。これも、発足時に方向性を定めておくほど後工程の設計が具体化します。
段階的な展開方針:
段階的に業務領域や工場などの拠点を順次稼働していく方法もあります。先行拠点の経験を次の拠点に活かせるため、習熟の観点で効果が出やすいのが特徴です。ただし、この方法には条件があります。原材料や部品から最終製品までがひとつの工場で完結し、BOMも工場内で閉じている場合は設計しやすいです。一方、複数工場でBOMが跨る場合、拠点間の在庫・工程・計画が連動するため、段階稼働の難易度は格段に上がります。発足時点でこの前提を押さえておくと、後から「段階稼働にしたい」という希望が出たときに、成立条件を明確に示して迅速な判断を下せることでしょう。
経営層の支援と合意形成:
ERP移行の実行にあたっては、受注や仕入れの一時調整を含む、物流のコントロールが必要になります。これは組織の運営に影響が及ぶため、移行計画の初期段階から経営層の支援を得ることが不可欠です。本稼働日を決定次第、プロジェクトチームは経営層に対して取引調整を含む計画を提示し、合意形成を進めます。ここを発足時点でテーマとして置いておくと、現場だけで抱え込む形になりにくく、意思決定が整いやすくなります。
切り戻し計画:
万が一、本稼働が思うように進まなかった場合に備え、切り戻し計画も立てます。切り戻し計画をプロジェクト開始時に検討しておく理由は、切替前システムのベンダー体制や保守サポートの継続、契約と予算の見通しが必要になるからです。切り戻しは当日の作業手順だけでなく、支援体制と費用の前提を含む論点として扱うと現実的になります。
現場対応
リソース配置計画:
工場や倉庫、販売店舗といった現場が本稼働日に何事もなく稼働するには、プロジェクト発足時から用意周到なリソース計画が必要です。本稼働時に、どの現場へどの時間帯に何人配置するのかをイメージし、そこから逆算してプロジェクトメンバーを選出すると、計画が具体化します。
習熟度管理:
そして選出されたメンバーが無理なく新しいシステムを習得していくための計画を立案します。こうすることでいつまでにどのレベルまで達成すれば良いのかと言う目標を持ってプロジェクトに当たることができるようになります。
マニュアルの整備:
操作マニュアルの作成は卒業論文のようなものです。自分たちで操作マニュアルを作成できるということは、本稼働時に新しいシステムを自分たちで扱える状態になったということです。マニュアル作成は使うツール次第で生産性が大きく変わります。プロジェクトメンバーの負担を抑えるためにも、生産性の高いツールを選び、その予算とソフトウェアの方針は早い段階で決めておくことが望ましいです。
現場表示物更新:
新システム稼働に伴う現場の棚番や品番、ラベル、工程/引取カンバン、表示物にも目を向けます。これらは、システム変更と連動して現物の更新が必要になります。さらに、ハンドヘルドターミナルのような機器を使う運用が入る場合、現場視察を行い、実用に足る機材と運用手順を想定しておくと、稼働初期の混乱を抑えられます。店舗で配布するカタログについても、品目番号の見直しなどによって改定が必要になることがあります。印刷物は準備期間が長くなりやすいため、改定時期との整合を取る計画が必要です。
社内外への通知:
社外においては、新システムの稼働開始に伴い、外部取引先(仕入先や顧客)に対してシステム移行に関する通知を行う必要があります。通知内容には、移行スケジュール、変更点、稼働中の注意事項、問い合わせ窓口などを含めます。どのタイミングで、どの内容を社外向けに出すのかを計画しておくと、取引先側の準備も進みやすくなります。
まとめ
ERPプロジェクト開始前にこれだけのことを計画しておければ、プロジェクトの見通しが立ち、メンバーも目的と優先順位を持って取り組めます。運用移行方針は、後工程で詳細化するための前提条件を揃える役割を持つため、発足時点での意思決定を左右します。
次回は、運用移行方針をもとに、実際に何から着手し、どの順番で準備を進めていくのかを解説します。