ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その7】KPIマネジメント

「BPRにはKPIマネジメントが必須である」。こう感じる場面がERP導入の現場には数多くあります。「測定しないものは改善できない」という原則に照らせば、これは当然のことです。ピーター・ドラッカーやW・エドワーズ・デミングが説いてきたように、改善には測定が欠かせません。

ERP導入を進める中では、ユーザーから「本当に工数は減るのか」「むしろ増えるのではないか」という声があがります。不慣れな操作による一時的な負荷。個で見ると作業が増えているように感じる。この二つの不安が、改革への抵抗感を生みます。こうした空気を和らげるには、プロジェクトの早い段階から、BPRによる変化がどのように現れるのかを示す必要があります。実際の効果を目に見える形で示すことが、改革への納得感とモチベーションにつながります。

本稿では、具体的なBPRを題材にしながら、それに紐づくKPIの設計方法とプロジェクト期間中のKPIマネジメントを整理します。これまであげてきたペーパーレス化、生産性向上、そしてECRSによる削減効果の可視化です。

ペーパーレス化をBPRとしてKPIで表現する

BPRの効果を捉える上で、最も着手しやすいテーマのひとつがペーパーレス化です。現在どれだけ紙が使われているのかを把握することは、多くの業務で容易です。印刷枚数、閲覧の頻度、紙を探す時間、保管スペースなど、紙に関連する作業はさまざまな形で数値化できます。これらがBPRによってどれだけ削減されるのか、効果の見え方を整理する軸として役立つのが、以前の投稿「ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その2】脱Excel・ペーパーレス化への取り組み」で紹介した“ECRS”です。

E=排除(Eliminate)に該当する帳票の紙の枚数はその名の通り“ゼロ”になります。C=統合(Combine)された帳票も“ゼロ”です。R=再配置(Rearrange)とS=単純化(Simplify)は、現場へデジタルで指図できるようになると、紙を持ち歩く必要がなくなり、ゼロになります。

ペーパーレスのKPIは複雑な計算式を必要とせず、定義を揃えるだけで現場が共通の「ものさし」を持てます。印刷枚数に着目すると、もっとも分かりやすいKPIは次のように表せます。

削減率 =(Before枚数 − After枚数) ÷ Before枚数

この削減率の状況をプロジェクトメンバーで共有しながら、「次にどこを見直せば目標に近づくか」を意見交換していくと、改善が一歩ずつ前に進んでいる実感が得られます。“ゼロに近づいていく”という手応えは、プロジェクト全体のモチベーションにつながり、BPRの価値を日々の作業の中で感じられるようになります。

生産性向上KPIの誤解

生産性向上をテーマにするとき、ERP導入プロジェクトではしばしば議論が迷走します。「生産性を上げたい」という意図が、そのまま目の前の作業をどれだけ短縮できるか、あるいはどこまで自動化できるかという話に“変わってしまう”からです。この視点のままKPIを設定すると、改革の焦点がプロセスではなく作業単位に固定され、個々の改善に終始します。さらには、個の作業が長くなると「今よりサービスレベルが下がるのは本末転倒だ」という理由で標準機能を改造することさえあるのです。

問題の本質は、KPIの置き方にあります。ERP導入前後の生産性を「作業時間のBefore/After」で比べようとすると、いくつもの矛盾が現れます。例えば、画面操作を簡略化して入力時間を短くしたとします。この比較は、“同じ作業がTo-Beでも同じ頻度で存在している”ことを前提にしています。しかし実際には、FTSによって業務プロセスが再構築される中で、作業の境界や役割の切れ目が変わり、その作業自体の発生頻度もBefore/Afterで変化します。As-Isの作業とTo-Beの作業は一対一で対応せず、そもそも同じ土俵に乗っていないのに「何分短くなったか」だけを比較してしまうところに、KPIとしての違和感が生じます。

このとき、プロセス全体で見たときの姿を思い浮かべると問題がよりはっきりしてきます。受注伝票が紙で起票され、それを見ながらシステムに入力し、その後も紙ベースで承認や照合が行われている状況では、入力だけを速くしても、紙の起票や回覧、承認待ちといった時間はそのまま残ります。流れの途中にある一つの作業が速くなっても、上流と下流の構造が変わらなければ、受注から出荷までのリードタイムはほとんど短くならず、処理できる量も変わりません。

こうした行き違いが生まれるのは、生産性という言葉が、実際にはいくつもの“異なる単位”を内包しているためです。作業単位の時間短縮、プロセス全体の流れ、組織としての処理能力、どれも生産性という言葉で語られますが、扱っている範囲も意味も異なります。この層の違いを意識しないまま議論が進むと、“作業単位の時間短縮”がそのまま“生産性向上”と解釈され、本来比較すべき対象から離れていきます。

ここで押さえておきたいのは、生産性向上のKPIは作業(機能)層ではなく、プロセス層で設計する必要があるということです。As-IsとTo-Beの作業が一対一で対応しない以上、比較の単位は“プロセス”に揃えるしかありません。この必然性を前提に、次の章では、生産性向上KPIをプロセス層でどのように構築していくかを整理していきます。

生産性向上KPIをプロセス層で設計する

生産性向上KPIを考えるとき、最初に扱うのはAs-Isの作業時間です。入力や照会、転記といった作業にどれだけ時間を費やしているのか集計し、“業務範囲”ごとに積み上げていきます。これらの数値は、To-Beの生産性KPIを算定するための“現状値”として扱います。

次に、CRPを通して検証したTo-Beプロセスを、As-Isと同じ“業務範囲”で再整理します。FTSによってプロセスの構造は大きく変わります。紙を起点とした手順がなくなり、複数の作業が一つの流れとして統合され、役割の境界も組み替えられます。このため、作業単位の粒度は変わりますが、業務範囲という外形を揃えることで、どの範囲で工数が減り、どの範囲で処理能力が高まるのかが明確になります。

この考え方は、以前の投稿「ビジネスプロセスフローの書き方《後編》」で触れた“構造化されておらず、業務の因果が見えない”という課題とも通じます。業務を業務範囲という単位で捉えることで、プロセスのどこで滞留し、どこが改善ポイントなのかが見えるようになります。

生産性はPH(Per Head)で捉えます。ある業務範囲について、決まった期間内にどれだけの件数を、どれだけの延べ工数で処理できているかという視点です。数式で表すと、次のようになります。

生産性(Per Head)= 業務範囲の処理件数 ÷ 業務範囲にかかった延べ工数

As-IsとTo-Beを比較する場合は、

生産性向上率=(Afterの生産性 − Beforeの生産性)÷ Beforeの生産性

で表せます。

この指標の特長は、作業単位の切り方が変わっても意味が損なわれないことにあります。To-Beでは手順や役割が再構築されていても、業務範囲という単位は変わらないため、前後の比較が成立します。個々の作業がどう変わったかではなく、業務のまとまりがどれだけ効率的に流れるようになったかを捉えられる点が、生産性KPIを“プロセス層”で設計する狙いです。

プロジェクト期間中に「まだ行っていないTo-Beの生産性」をどう数値化してマネジメントするか

ペーパーレス化は印刷枚数や帳票数など、As-IsとTo-Beを測りやすく、検討を進めながら削減効果を確認しやすいテーマです。一方、生産性向上のKPIはそうはいきません。本稼働前ではTo-Be業務の実績値が存在しないため、単純な作業時間の比較では改善幅を見誤ってしまうことがあるからです。

ここでは発注業務の高度化を例に、As-IsからTo-Be への変化を、なくなる業務、変わる業務、頻度が減る業務、増える業務、に分けて整理しながら、生産性向上KPI(PH:Per Head)をどのように数値化するかを見ていきます。

As-Is:発注業務は「人の確認・作成・やり取り」の積み重ねで構成されている

先ずはAs-Is業務の想定について説明します。発注計画はシステムが自動で作成します。その後、発注計画の目視確認と数量の微調整、発注書の作成と承認、自動FAX送信後の着信状況の確認、そしてサプライヤーとの問い合わせ対応など、細かい作業が連続します。

仮に、発注計画の確認に4分、発注書作成と送付準備に3分、自動FAX着信確認に2分、問い合わせ対応に1.5分かかるとすると、月1,000行の発注明細に対する工数は合計で約180時間前後になります。As-Isの発注業務は、この“人の介在が前提になったプロセス”の上に成り立っています。

To-Beでは業務プロセスの負荷構造が変わる

To-Beでは、安全在庫や発注点、ロット設定といった需給ロジックを整え、発注計画そのものの精度を高め、欠品のリスクを低減します。これにより、担当者がすべての行を逐一確認する必要はなくなり、確認対象は“例外(アラート)”に絞られていきます。発注書はシステムが自動で生成し、サプライヤーポータルを通じて電子連携されるため、自動FAXの着信確認は不要となり、納期確認などのやり取りも必要最低限に減ります。

その一方で、こうした高度化を支えるために、安全在庫やロット設定を見直すためのマスターメンテナンスには、As-Is以上の時間を割くことになります。現場の判断が減る代わりに、計画ロジックを支える設定の精度が重要になるためです。

変化の種類ごとに数値化する:なくなる/変わる/減る/増える

生産性向上KPIを設計する際は、As-IsとTo-Beの作業を一対一で比較するのではなく、業務範囲の中で起きる変化を種類ごとに整理していきます。

発注書作成と自動FAX関連の作業は、To-Beではプロセスの中に吸収され、担当者が個別に行う作業としては発生しなくなります。1行あたり5分程度の負荷がかかっていたとすれば、月1,000行で約83時間が“なくなる業務”です。

発注計画の確認は、To-Beでも「計画を見て妥当性を判断する」という仕事の中身は変わりません。ただし、確認対象が全件(1,000行)から“例外(アラート)だけを見る”運用に変わるため、業務量が大きく縮小する“減る業務”として扱います。As-Isで67時間かかっていたものが、To-Beでは13時間となり、削減量は54時間です。

発注後フォローは、ポータルで納期情報が集約されることで、仕事そのものが変わる“変わる業務”です。従来のように電話やメールで個別に状況を追いかけるのではなく、必要なときだけ例外を確認するスタイルに変わります。1行あたり1.5分かかっていたものが0.5分に収まるなら、合計で約17時間の削減になります。

一方で、マスターメンテナンスは“増える業務”です。これまで20時間だったものが40時間に増えるなら、増加分の20時間をTo-Be側に加えます。

To-Beの延べ工数を算出する

これらの変化を積み上げると、To-Beの業務範囲全体の工数が求まります。

  • As-Is:180時間
  • なくなる業務の削減工数:約83時間
  • 減る業務(発注計画確認)の削減工数:約54時間
  • 変わる業務(発注後フォロー)の削減工数:約17時間
  • 増える業務(マスターメンテナンス):+20時間

この結果、To-Beの延べ工数はおよそ40時間前後になります。

PHとして比較する

PH(Per Head)は次の式で求めます。

PH=処理件数 ÷ 延べ工数

処理件数1,000行とすると、

  • As-Is:1000 ÷ 180 ≒ 5.5行/時間
  • To-Be:1000 ÷ 40 ≒ 25行/時間

生産性は約4〜5倍になる計算です。

生産性向上KPIをプロジェクト期間中に扱うということ

生産性向上KPIをプロジェクト期間中に扱うとは、業務範囲に起きる構造変化を数値として説明できる形にすることを意味します。To-Be業務の実績はまだなくても、「どの業務がなくなり」「どの業務が減り」「どこが増えるのか」という構造が理解できれば、生産性がどう変わるのかを納得を持って共有できます。これにより、「本当に工数は減るのか」「むしろ負担が増えるのでは」という不安に、プロセス全体を通した“構造の答え”として応えていくことができます。

KPIがもたらすプロジェクトの一体感

KPIを扱うと、プロジェクトの効果が数値として見え、改善の方向性がつかみやすくなります。そのKPIは、MoSCoWで定義したビジネス要求(プロジェクト目的)がどこまで実現に近づいているのかを示すもので、BPRで描いたTo-Beがどの経営課題に効いているのかも、プロジェクト期間中に共有できます。

KPIがプロジェクトの目的と結びつくと、月次の報告やレビューの視点が揃い、議論が進めやすくなります。経営層には改善の進捗が伝わり、メンバー同士も取り組みの手応えを感じます。プロジェクトがどこへ向かっているのかが自然と共有され、意思決定のスピードも上がります。

KPIマネジメントは、BPRの成果を確かめながら次の改善に向かうための支えになります。進捗を客観的に捉えられることで、取り組み全体に一体感が生まれ、プロジェクトの推進力も高まっていきます。