ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その6】経営効果②

前回の【経営効果①】では、製品点数の“削減”が経営効果に直結することのあたりをつけました。そして、その見立てを日々の仕訳で確かめられるようにするため、値引や販売奨励金を含めた「真の売上高」と、速報と実績をつないだ「原価」を“視認”できるように業務をBPRしました。こうした仕組みによって、製品別収益を経営判断に使えるレベルへと整備したのです。

今回の【経営効果②】では、その数字を手がかりに、製品ラインナップの見直しをタイムリー(=スピード)に進め、「どの製品を残し、どの製品をやめるのか」を客観的に“整理”して属人性を排除します。そして、その判断を即座に実務へ反映し、経営効果を得られる“即応”体制をどのように構築していったのかを見ていきます。

製品別収益から見えてきた現実

ERPが稼働し、製品別の収益が日々・月次で正確に見えるようになると、それまで「なんとなく儲かっていない気がする」と感じていたことが、はっきりと数字で見えるようになります。

典型的なのが、ラインナップを厚くするために積み上がってきた製品群です。「お客様の選択肢を広げたい」「競合も扱っている」「経営者の肝入りで始めたので簡単にはやめづらい」といった理由が重なり、品目数だけが少しずつ増えていきました。販売現場の視点でも、一度ラインナップに加えた以上、既に購入している顧客がいる手前、これまでは削減の議題に乗りにくい状況が続いていたのです。

ところが、真の売上高と原価をもとに製品別収益を一覧してみると、利益がごく薄い、あるいは赤字の製品がずらりと並びます。製品の一つ一つを眺めている限りは「残しておいてもいい」と思えても、まとめて見ると「薄いプラスと薄いマイナス」が大きな塊となり、ポートフォリオ全体の利益を圧迫していることがはっきりしてきます。

さらに、製品点数の多さが在庫や業務負荷に及ぼす影響まで視野に入れると、その負担はより鮮明になります。売上はわずかでも、安全在庫の設定上どうしても一定量を抱えざるを得ない。拠点が多いことでマスタや帳票の管理は複雑になり、営業資料の更新や教育対象としての手間も増える。こうした製品群は、収益・在庫・業務のすべての面で「お荷物」となっていたことが、数字を通じて明らかになったのです。

キャンペーンや特定顧客向けに立ち上げた製品が、その後も惰性で残り続けているケースもあります。キャンペーン期間を終えたいまは販売数量も伸びず、在庫と管理の負担だけが残ってしまっている。それでも「せっかく作ったのだから」「いつかまた使うかもしれない」といった気持ちが働き、どうしても削減の判断が後回しになりがちでした。

こうした現実を、データによって視認できるようになったことが、改革の出発点です。

経営指標を利益重視へ

このプロジェクトでは、構想段階から「売上高ではなく利益を基準に経営判断を行う」という方針が明確に据えられていました。その前提が、前回の【経営効果①】で取り上げた“視認”の精度向上によって、ようやく現場レベルにまで浸透し始めます。

事業部会議では、これまでのように「チャネル別製品別売上」を眺めるだけでなく、「利益率」「返品・在庫コスト・有効期限切れ不良在庫を含めた実質損益」といった指標を議題に加えます。

売上が見かけ上は立っているものの、値引や販売奨励金を差し引けばほとんど利益が残らない製品。利益は出ているように見えても、滞留在庫や返品によって実質的には負担になっている製品。こうした実態が共通認識になるにつれ、従来のような「売れているから残す」「昔からの主力だから残す」という曖昧な基準は通用しなくなります。

代わりに、「利益」と「負担」を軸にして残すべき製品・やめるべき製品を判断する、という筋の通った経営指標へ切り替えるのです。まず“見える化”があり、その数字を前提に「どこを見直すべきか」を冷静に見極める。そうした準備が整った段階で、いよいよ製品ラインナップの見直しに踏み込んでいくことになります。

製品ラインナップの見直し

利益と負担を指標として捉え直せるようになると、これまで“感覚”で語られてきた違和感が数字で裏付けられるようになります。すると、営業サイドも「説得される側」ではなく、“数字を見て自ら納得する”ようになります。つまり、製品ラインナップの議論は、これまでのような「営業 vs 経営」という対立構造ではなくなり、共通のデータの上で「残すべき理由」「やめるべき理由」を淡々と整理するプロセスへと変わるのです。議論の基軸が“主観”から“根拠”へと移り、不採算製品や負担の大きい製品を整理できるようになるのです。

経営効果

財務面での効果は、このプロジェクトがもたらした成果をもっとも端的に示す部分です。製品別の実質収益が日々の仕訳で視認できるようになり、判断業務を一つの軸に集約できたことで、経営に直結する施策を確かな根拠をもって進められるようになりました。その結果として現れた財務効果は、大きく三つに整理できます。

■ 年度末の押し込み販売を解消し、返品・不良在庫を大幅に抑制
年度末の“押し込み販売”が起きていた背景には、量販店向け販売奨励金の達成条件がありました。奨励金自体は販売促進として有効な側面もありますが、一部の製品については前倒し出荷が翌期の返品・不良在庫を増やし、実質的な損益を大きく悪化させていました。
製品別収益と返品動向が日々の仕訳で視認できるようになったことで、押し込み販売による採算悪化が数字として明確になり、販売奨励金スキームの適切な見直しにつながりました。その結果、押し込み販売は抑制され、返品・不良在庫・流通在庫が大幅に減少し、利益率は着実に改善しました。

■ 製品ラインナップの見直しによる在庫圧縮と損益改善
製品別収益が明確になったことで、赤字製品や負担の大きい製品を適切に整理できるようになり、それに伴って在庫は計画的に縮小されました。在庫が減ると、保管や棚卸にかかる周辺コストも自然に小さくなり、滞留や期限切れによる廃棄損も抑えられます。結果として、棚卸資産が抱え込んでいた資金が圧縮され、在庫に起因するロスが減少し、財務的な負担が軽減されました。こうした在庫構造の変化が、財務面の改善につながったのです。

■ 業務プロセス標準化による管理コスト・システム関連費の抑制
製品別の実績を日々視認できるようになったことで、会計・販売・在庫の記録がリアルタイムにそろい、決算に必要な情報が日々蓄積される構造が整いました。これにより、月次決算は10日から3営業日へ、年次決算は3週間から10日程度へと短縮され、“決算のための作業”そのものが大幅に圧縮されました。同時に、Fit to Standardを徹底した業務プロセスの再構築により、紙運用の約95%削減、脱Excel化、手書き伝票や二重入力の排除が進み、管理部門の事務工数が大きく減りました。
また、アドオン開発に依存しないシンプルなシステム構成としたことで、開発・保守を含むシステム関連費の肥大化を未然に防げた点も重要な効果です。さらに、業務整理と並行して、勘定科目に埋め込まれていた「仕入先や取引区分といった意味」をセグメント側へ切り出し、本来の勘定科目へ整理し直しました。その結果、科目数はおおよそ半分の規模に再編されました。
こうしたプロセス標準化とマスタ整理を同時に進めたことで、管理コストは全体として確実に圧縮されました。
決算の早期化、管理負担の軽減、システム関連費の抑制は、単なる効率化にとどまらず、部門横断で同じ数字を基点に判断できる“即応できる組織”の基礎となりました。

そして、この取り組みを支えたBPRは、部門横断で進める必要があったため、議論の過程そのものが“人材育成”として機能しました。営業・生産・物流・経理・管理が同じデータを基点に議論することで、若手・中堅メンバーは自部門に閉じない前広な視野を身につけていきます。製品別収益や在庫負担を多面的に捉える力が養われ、こうした人材の成長そのものが、経営効果を支える重要な成果となっていきました。

プロジェクトで重要視したこと ― 覚悟と割り切り

最後に、このプロジェクトが “うまくいった理由” を一つ挙げるとすれば、それは 「使い勝手よりも経営効果を最優先したこと」 に尽きます。

プロジェクトチームの共通認識として、「目先の便利さよりも、いかに早く正しい経営情報を押さえるか」という方針が徹底されていました。これは、一般的なERPプロジェクトでは意外と難しい姿勢です。

多くのプロジェクトは、「生産性向上」といった旗のもと、「今より便利にしたい」「操作を簡単にしたい」「画面をシンプルにしたい」といった“使い勝手の改善”に引っ張られ、肝心のプロセスの再構築がおざなりになります。その結果、本来の目的である経営改革がぼやけ、プロジェクト自体が意味をなさなくなるのです。

しかし本事例では、構想時点から明確にMust:経営情報の迅速な把握、Won’t:便利さのためのアドオン開発、という線引きを行っていました。

これは、以前のブログでも触れてきた「覚悟」と「割り切り」です。

まとめ

“いらないことをやめる”“削るべきものを削る”という価値観をプロジェクトの中心に据えたからこそ、製品の見直しだけでなく、システム要求そのものも無理なくスリムな状態に保つことができ、最終的にアドオン開発がほとんど発生しなかったのです。

また、この割り切りは単に機能を減らすということではなく、プロセスのスピードを構造的に高める設計を優先したという点に意味があります。“生産性向上”を声高に掲げなくとも、ムダをそぎ落とし、経営情報が即時に得られる仕組みをつくれば、その効果は自然と達成できるのです。この判断基準と姿勢こそが、プロジェクト成功の根底にあります。