ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その4】BPRの調味料“さしすせそ”

前回の投稿では「リアルタイム化に必要な三つの要素」を取り上げ、ある意味で“忙しい仕事”にすることで、リアルタイム化の本質が経営効率を突き詰めていくことにあることを伝えました。

こうしてTo-Be業務をリアルタイム前提にすると、MoSCoWで起票する業務要求は、もはやAs-Is業務を前提にはできなくなります。では、どうすれば適切なTo-Be要求を上げられるのでしょうか?

今回のテーマは、リアルタイム化を前提として、どのように改革の方向を見いだし、成果を示すのか。そのヒントとなるのが、BPRの「さしすせそ」です。削減・視認・スピード・整理・即応という五つの視点から、リアルタイムな仕組みを生かして、MoSCoWをTo-Be要求へ導くヒントとして整理します。

問題発見と対策、その次にあるもの

以前の投稿「問題発見から対策までのフレームワーク」では、事象・基準・影響・問題・原因・課題・効果・対策、の因果関係を整理し、ERP導入を進めるうえで問題を多面的に捉える重要性を紹介しました。

その流れを料理にたとえるなら、「問題発見と対策」は材料と調理法にあたります。ここまでで、材料の選び方も手順も整い、フレームワークによって問題の真因と対策は十分に言語化されています。そして、次の段階では「何をすべきか」をより具体的に見いだすことが重要になります。そこで役立つのが、料理で味を整えるための調味料にあたる“さしすせそ”の視点です。

BPRの調味料“さしすせそ”とは

さ:削減
ムダを取り除くためには、半減といった目標を掲げて仕組みから見直していくことです。半減という目標を掲げた瞬間に、現状のやり方がそのままでは通用しないことが明確になり、改革の方向へ向かわざるを得なくなります。そして、ムダを取り除くことで生まれた余力は、新しい価値や活動を創出する力になります。つまり削減とは、減らすことそのものではなく、「減らして生む」ための再構成の起点です。砂糖が素材の内部にまで行き渡って味を引き出すように、削減もまた仕組み全体に浸透し、次の改善を引き出す“最初の調味料”なのです。

し:視認
視認は、業務やデータの流れを見えるようにすることです。どこで滞り、誰が判断し、どの情報が共有されていないかが見えると、改善の焦点が定まります。リアルタイム化が進むほど、情報量が増え、可視化の重要性は高まります。塩が素材から余分な水分を引き出して味を締めるように、視認は“ムリ”、“ムダ“、“ムラ“を浮かび上がらせる働きをします。

す:スピード
スピードとは、業務の流れを止めずに処理を進めることです。作業や承認が標準化され、決められた手順を一定のテンポで進めることで、全体のリズムが整います。“酢”が酸味が加熱で飛びやすく、加えるタイミングによって味のまとまりが変わるように、“スピード”もまた早ければ良いということではなく、適切なタイミングで流れを保つことで、リアルタイム化された環境での安定した判断と情報更新につながります。

せ:整理
整理とは、データ・ルール・責任・権限を構造として整えることです。製造現場の5Sに通じる考え方で、要るものと要らないものを見極め、あいまいさを取り除きます。必要なルールや判断基準を明確にして“しつけ”に向けて、属人性を排除し、誰が行っても同じ結果が得られる状態をつくります。“醤油”が、香りで全体の味をまとめるように、整理はBPRの仕上げにあたります。最後に加えることで、改善が継続し、全体に統一感をもたらす調味料となります。

この段階で、BPRは安定的な仕組みとして定着し、改善が再現性を持ち始めます。

そ:即応
即応は、変化への対応力を備えることです。市場の動きや顧客の要望、供給の変動などに対して、柔軟に動ける状態を指します。削減・視認・スピード・整理が揃うことで、現場が自ら判断し、的確に対応できるようになります。“味噌”が煮立てすぎると香りを失うように、即応もまた、過剰に反応すれば混乱を招きます。落ち着いた火加減で味噌を溶くように、状況を見極めながら変化にしなやかに対応することが、BPRを持続させる最後の調味料となります。

在庫削減に見る“さしすせそ”

BPRの代表的なテーマである「在庫削減」をこの“さしすせそ”の流れの中に位置づけてみます。問題発見技法によって、在庫増加の原因が「販売計画の精度が悪い」ことを突き止めたとします。

まず、“削減”の発想で「在庫を減らしても欠品しない」状態を目標に据えます。

次に、“視認”の観点から、販売計画のズレや供給リスクの兆候を、どのタイミングで誰が認識できるかを明確にします。

そして“スピード”の観点では、販売計画の見直しサイクルそのものを短縮します。意思決定のリズムを早めることで、変化をいち早く反映でき、在庫の過不足を抑えます。

ここで重要なのが“整理”の段階です。販売計画の意思入れを属人化させず、どの根拠にもとづいて数量を設定したのかを明確にします。「欠品を恐れて在庫を積み増す」といった感覚的な判断を排除し、ルールと基準に基づく意思決定へ置き換えます。この“整理”によって、在庫の不安が個人の感情から組織の判断へと変わります。

最後に、“即応”の仕組みを備えます。市場変動や供給トラブルに対しては、各部門が自律的に判断できる体制を整える一方で、生産能力やリードタイムを踏まえたタイムフェンス(凍結期間)を設け、標準作業を改善しながら段階的に短縮していきます。これにより、変化に振り回されずに安定した即応力を維持できるようになります。

このように、“さしすせそ”の流れを通じて、販売計画の精度という問題が、単なる分析から「何をどう変えるのか」という実践的な改善ストーリーへと深耕します。削減が方向を示し、視認が気付きを与え、スピードがテンポを整え、整理が判断の軸を揃え、即応がそれを持続的改善を示す。“さしすせそ”とは、BPRを具体的活動に落とすための、実践的な“味つけ”なのです。

“さしすせそ”が導くTo-Be要求の描き方

在庫削減の例で示した取り組みを、MoSCoWの構造として整理してみます。

  • 在庫を半分でも回せる仕組みを実現すること(削減):
    販売計画の精度を高め、リードタイムを短縮し、調達リズムを平準化する。現行の仕組みを前提とせず、構造を再設計する改革目標。  → 優先度:Must
  • 進捗や異常をリアルタイムに把握できる仕組みを整えること(視認):
    ① 設備停止・需要変動などの異常を即座に検知し、アラートで影響範囲を共有する。→ 優先度:Could(社内業務)、② サプライヤー・輸送・支給品を含む在庫状況を外部と共有し、遅延リスクを早期に把握できるようにする。→ 優先度:Should(取引先連携)
  • 販売計画の見直しサイクルを短縮すること(スピード):
    計画の再評価を短期間で回すことで、変化を迅速に反映し、在庫水準を最適化する。→ 優先度:Should/Could
  • 販売計画の意思入れと判断基準を明確化すること(整理):
    「なぜこの数量にしたのか」を記録し、欠品を恐れて積み増すような属人的判断を排除する。基準とルールを明文化し、誰が入力しても同じ結果が得られる状態をつくる。→ 優先度:Could
  • 変化に対応できる生産・調達体制を整えること(即応):
    生産能力を踏まえてタイムフェンスを設定し、標準作業の改善で凍結期間を段階的に短縮していく。即座に動くことを目的とせず、変化を無理なく吸収できる仕組みを育てる。→ 優先度:Could(状況によりShould)

こうして“さしすせそ”を基軸に整理したMoSCoWは、在庫削減というテーマを「現状をどう維持するか」ではなく、「仕組みをどう進化させるか」へと導きます。各要求は、単なる機能要望ではなく、行動と仕組みの再構成を意図したTo-Be業務要求として位置づけられます。つまり、As-Isの延長で問題を解消するのではなく、リアルタイムを前提とした新しい業務構造を描くことこそが、BPRとMoSCoWを結びつける本質なのです。

まとめ

BPRの“さしすせそ”は、問題の発見から対策の実行へとつなぐための思考の道筋です。削減・視認・スピード・整理・即応という流れを通じて、改善は分析から行動へ、そしてAs-IsからTo-Beへと具体的に展開していきます。業務の仕組みを“整え、動かし、続ける”ための実践的なフレーム、それが、BPRの“さしすせそ”なのです。

次回は、今回例として取り上げた「在庫削減=モノの流れ」に続き、「おカネの流れ」をテーマに取り上げます。決算日数短縮を切り口に、原価や在庫評価の仕組みを見直しながら、企業全体のリズムをどう整えていくかを考えていきます。