ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その2】脱Excel・ペーパーレス化への取り組み『ECRS』
前回は、ERP導入を単なるシステム刷新ではなく BPR(業務プロセス再構築) として捉え、Fit to Standard(FTS)アプローチを前提に業務標準化が不可欠であることを解説しました。その中で、BPRの身近な入口として「ペーパーレス化」と「リアルタイム化」に注目し、その始点として「脱Excel」がテーマになることを位置付けています。
本稿では、その「脱Excel」をより具体的に、帳票整理という観点からECRSを使って進める方法を解説します。
現場を支えてきた「Excel帳票」の本質
現場で使われるExcel帳票は、基幹システムがカバーしきれない“余白”を担っています。例えば、生産スケジュール調整、原価計算の補正、賞味期限を加味した入出庫表、評価替えを含めた長期在庫の管理表、積載率を表した輸送予定リストなど、挙げればきりがありません。こうしたExcel帳票は、現場の創意で作られたものが何十、何百と存在します。部署ごとに独自の管理表が作られ、似たような内容でありながら構造も更新ルールも異なります。
どういうわけか、情報システム部門は基幹システムの画面設計や標準帳票の整合性には厳しく目を配る一方で、Excel帳票については“現場の運用範囲”として統制の対象外にしてきました。そのため、現場はそれぞれのやり方で調整しながら業務を成り立たせてきたのです。Excelは、そうした統一のない環境下でも実務をこなすための“補完ツール”として機能してきました。
しかし、このようなExcel帳票が業務の中心になると、次のような構造的な弊害が表れてきます。
- 編集者が限られる属人化
- 部門間で異なるフォーマット・意味のズレ
- 数字の食い違いによる信頼性低下
- 帳票の複雑化・バージョン管理の混乱
こうした帳票依存を放置したままERPを導入しても、システムから出力されたデータを再びExcelで加工し、その結果をERPに戻すという「本末転倒な使い方」に戻ってしまう可能性が高いのです。MoSCoW要求でよくある「Excelにエクスポート/インポートできること」という要望は、まさにこの往復利用を前提とした機能要求なのです。
何が“脱Excel”の壁になるのか
単に「Excelをやめましょう」と言ってもユーザーは受け入れません。結局のところ、Excel帳票が必要な理由は前述したとおり、基幹システムの補完であり、その補完がERPで実現できると確信できるまでは、簡単に手放せないのです。
大きく分けると、次の四つが“脱Excel”を難しくしている壁です。
- 実務的な壁:判断を含む補完がある
多くのExcel帳票は、単なる集計表ではなく、担当者の判断や調整を前提としています。
例えば、生産スケジュールの組み替えや納期順序の変更、前後工程の生産や在庫との関係、特注品の割り込み調整など、日々の判断が数式や色付け、メモの形で埋め込まれています。
ERPの標準機能ではこうした“現場判断の余地”を完全に表現できないため、Excelが手放せなくなります。つまり、Excelは不完全なシステムを補うための合理的な仕組みとして存在しているのです。 - 構造的な壁:部門を横断した検討が苦手
部門や拠点ごとにExcel帳票の構造や更新ルールが異なり、全体最適の視点で整理されないまま運用されています。営業部門は得意先別に在庫を見たい一方で、製造部門はステータスや安全在庫日数別に残数を把握したい。それぞれの立場で最適化された帳票が独立して存在し、互いに前提を共有しないまま増殖していくのです。
そもそも、部門を横断した検討そのものが得意ではありません。各部門は他部門のやり方に踏み込みすぎないよう配慮し、互いに“領域を尊重”することが優先されがちです。表向きは調和が取れているように見えても、実際には議論が深まらず、重複した帳票が黙認され続けます。
このような状況では、「どれをERPで置き換えるべきか」という共通判断ができず、Excelが“全体最適を阻む最後の拠り所”として残り続けてしまうのです。 - 統制的な壁:自分の手の届く範囲の統制
Excelでは、担当者が自分の判断で数値を動かし、さまざまなシミュレーションを行うことができます。在庫数を変えてみたり、仕入価格を仮に調整したり、納期を前倒しにして全体の影響を確認したり。こうした試行は、現場の感覚を掴む上で欠かせない作業です。ただし、この“自分の中で完結できる自由さ”は、誰の判断をもとにどの数値が採用されたのかが明確にならないという曖昧さを生みます。一時的な調整と正式な決定の線引きがあいまいになりやすいのです。
一方で、ERP上でデータを変更する場合、ルールベースのマスターで統制された結果を導け、その修正は他部門や経営データにも直結します。しかし、数値を変えた瞬間に全体へ反映されるため、「誰が・何の目的で修正したのか」を明確にしなければなりません。
ユーザーから見れば、自由に検証や仮置きができたExcelに比べ、ERPではひとつの操作が重く感じられます。その結果、ユーザーは「とりあえずExcelで考えてから決めたい」という動きを取りやすくなり、Excelという“自分の手の届く範囲の統制”を維持しようとします。 - 心理的な壁:代替手段が見えない不安
Excelをやめるには、「その代わりに何で業務を回せるのか」が見えていなければなりません。
しかし、ERP導入初期には画面や動作イメージがつかめず、ユーザーにとっては「見えない」ことが不安になります。例えば、納期管理表や輸送予定リストがどの画面でどのように表示されるのか分からないままでは、「このExcelがないと困る」という意識が残ります。
「ペーパーレス化」を掲げても思うように進まないのは、こうした背景を踏まえずにスローガンとして唱えているだけのプロジェクトに起こる典型的な事象です。Excelが多く残ってしまうのは、現場の抵抗ではなく、構造的な準備を経ずに“やめる”ことだけを目標にしてしまうからです。また、ベンダー側もこの構造を理解しないまま「ペーパーレス」という言葉を使い、ユーザーから「必要だ」と言われると、すぐさま引き下がってしまう。その結果、Excelが使われている理由が見直されないまま、問題の本質が置き去りにされていくのです。
ECRSで進める帳票削減とERP適応の戦略
業務再構築の入り口となるのが、改善の基本原則 ECRS(Eliminate/Combine/Rearrange/Simplify) です。
ECRSは、帳票を削るための単なる整理手法ではありません。これまで統制のないまま際限なく各部門が個別に作り続けてきた帳票群を構造的に見直し、整理し直すための仕組みです。このプロセスを通じて初めて、ERP導入に向けた「標準化の足場」が整います。
ECRSプロセスの進め方
まず、帳票を削減するのではなく、どの帳票が、どんな目的で存在しているのかを明らかにするところから始めます。以下のステップで段階的に進めることで、帳票の実態を可視化しながら、業務構造そのものを再構築していきます。
- 帳票の可視化(一覧化)
まず、現行のすべての帳票を洗い出します。
ここでいう“すべて”とは、現行システムから出力している帳票だけでなく、そのデータを加工してExcelで作成しているもの、社内で独自に運用している管理表など、実際に業務で使われている帳票をすべて対象にするという意味です。
それらを一覧にまとめ、帳票分類(帳票、ラベル、伝票)、利用部署、用途、社内外向け利用(社外:Must have、社内:Should have)、使用頻度、形式(Excel・紙・PDFなど)を整理します。
帳票ごとの用途と頻度を明らかにすることが重要です。それによって、「帳票でなく画面から抽出すれば済むもの」「ERP標準で代替できそうなもの」といった整理のあたりをつけることができます。この時に、「〇〇さんが使っていた」「なんとなく残している」といった説明のつかない帳票は、次のE=排除(Eliminate)対象となります。 - E=排除(Eliminate)
一定期間(例えば6か月)使われていない帳票を削除候補とします。
特に、作成者の異動や退職と同時に使われなくなった帳票は、実務への影響が少ないことが多く、優先的に排除します。ここでの目的は“削除”ではなく、“使われない理由”を明らかにすること。それにより、業務の中で役割を終えた帳票を特定できます。 - C=統合(Combine)
似た目的・似た構造の帳票を名寄せし、不必要なバリエーションをまとめていきます。営業・製造・購買などの部門ごとに独立していた帳票を、横断的にまとめていく過程そのものが、部門をまたぐ共通認識の形成につながります。
このE+Cの段階までをCRP(実機検証)に入る前に完了させることを目標とし、帳票数を50%削減します。 - R=再配置(Rearrange)
残った帳票を、ERPの標準機能や業務プロセス構造に照らして再配置し、検証のためにMoSCoWに起票します。再配置の出発点は、まず帳票を「日々のルーティンワーク」か「分析用」かに区分けするところから始めます。なぜなら、日々のルーティンで使う帳票であれば、わざわざ一覧表にしなくても、ERPのアラート機能で必要なタイミングにピンポイントで気付けるようにした方が生産性が良いからです。例えば、欠品を防ぐために在庫一覧表を毎日確認しているのであれば、それはERPの需給計画や予実差によるアラートで十分に対応できるでしょう。帳票を開かなくても、必要な情報が自動的に提示される仕組みに変えることができるのです。
一方で、分析を目的とする帳票であれば、一覧形式ではなく、分析の切り口に応じてチャートやグラフで可視化した方が効果的です。
このように帳票の目的を整理することで、Excelで作られてきた一覧表を“そのままERPに移す”のではなく、業務の目的に沿った見せ方に再構成します。
こうした再配置によって、固定された帳票で判断していた状態から、リアルタイムで情報を活用する業務構造へと転換していきます。
Rは、単なる“帳票の再配置”ではなく、ERP導入における“情報の再構築”を意味するステップなのです。 - S=単純化(Simplify)
ERP標準で補えない帳票機能は、拡張機能開発として起票します。E・C・Rの見直しが進めば、最終的に残るのは現品ラベルや顧客指定伝票といったごく一部に限られるはずです。Must/Shouldに該当するものは顧客・仕入先との電子データ連携を検討し、Couldに該当するものは、現場端末での確認やERP画面上での参照に置き換えることで、帳票を介さずに対応します。ポイントは、単に帳票を置き換えることではなく、“今と同じ帳票で終わらせない”ことです。
また、To-Beヒアリングを通じて現場が新しい業務の進め方を理解し、「自分たちのやり方が変わる」という感覚を持つことも重要です。こうして業務への理解が深まることで、従来の帳票は“自然と不要なもの”として受け入れられていきます。
帳票を10~20%削減するだけであれば、今の仕事のやり方を少し工夫するだけでも達成できるでしょう。しかし、“ゼロ”を目指すのであれば、単なる削減ではなく、業務の流れそのものを再構成する必要があります。
今回説明したECRSの見直しを経ることで、本当に必要なデータとそのタイミングを見極め、帳票を“使わなくても業務が回る仕組み”に置き換えることができます。つまり、直線的に「帳票をなくす」のではなく、段階的に「帳票を不要にする業務構成」へと移行していくのです。
ECRSと「四つの壁」の解消
こうして整理・統合・再配置・単純化のプロセスを踏むことで、前章で挙げた“脱Excelを阻む四つの壁”を段階的に解消していくことができます。
- 実務的な壁は、帳票の一覧化を通じてその用途と判断構造が明確になり、どこに属人的な操作が入り込んでいるかが可視化されます。
- 構造的な壁は、名寄せ・統合の過程で部門を横断した共通認識が形成され、全体最適の視点が芽生えます。
C=Combineのフェーズで、「部門ごとの最適化」から「全体最適」へと再設計の視点が生まれます。 - 統制的な壁は、CRPで「Excelで行ってきたシミュレーションが本当に必要か」を見極めることで、統制の再設計につながります。
R=Rearrangeの段階では、この見極めが統制の再設計につながります。 - 心理的な壁は、新しい仕組みに移ることへの不安から生まれます。To-Beヒアリングで新しい業務の姿を理解できると、気持ちが少しずつ切り替わります。それでも「できなかったらどうしよう」という不安は残りますが、Simplify=拡張機能開発という後ろ盾が、その不安を和らげます。理解による納得と安心感が揃ったとき、心理的な壁は自然に解けていきます。
リアルタイムオペレーションの土台であるペーパーレス化
ペーパーレス化の目的は、帳票をなくすことではなく、情報をシステム上で直接扱い、判断や分析に即座に活用できる状態にすることです。帳票を“出して見る”段階から、“システムで動的に確認する”段階へ移ることで、情報の鮮度と意思決定のスピードが格段に上がります。この仕組みが整ったとき、Excelや紙、PDFといった帳票は自然と使われなくなります。そして、このペーパーレス化の実現こそが、次に続くリアルタイム化への土台となるのです。
次回は、BPRとしてリアルタイム化による在庫削減 をテーマに取り上げます。業務のちょっとした工夫で、仕掛品在庫をほとんどゼロにできた実践例をご紹介します。