ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第二部:Must have の抽出方法【後編】制約条件
ユーザーが要望しようとしまいと必ず必要な業務があります。それが制約条件です。
制約条件は、誰かの希望や意思に基づくものではなく、業務を成り立たせるために必然的に存在します。ものの流れはあらかじめ形成されており、あるきっかけをもって動き出します。しかし、その動きは常に同じではありません。扱う原材料や在庫の置き場所、設備や仕組みによって、流れ方や処理の仕方は変わっていきます。
前回は「プロジェクトの目的」を取り上げ、ERP導入の意義、すなわち未来に向けた要求を整理しました。今回はその続きとして、現実に目を向けた要求、制約条件を扱います。あるべき論だけではシステムは再構築できず、一方でAs-Isを聞きすぎると現行踏襲となる恐れが高まります。制約条件を押さえることは、To-Be業務に余計な影響を残さず、抜け漏れのない要求定義へと導く重要な手がかりとなります。
ものの流れの制約
制約条件の最上位にあるのは「ものの流れ」です。業務があるからものが動くのではなく、ものの流れが先に定まり、その流れに合わせて業務が組み立てられます。ここを見誤ると、どれだけ業務フローを精緻に描いても現実と合わず、システムは運用に耐えられません。
物流ネットワークはその典型です。仕入先から工場へ、工場から倉庫へ、そして倉庫から顧客へ。ときには仕入先から直接顧客の納品場所に直送したり、工場間で仕掛品や半製品を移送する流れや、輸入品の船上在庫から乙仲倉庫を必ず通過したりすることもあります。こうしたネットワークは、自由に変えられるものではありません。取引慣行や供給体制、法規制などの要因によってあらかじめ決まっており、まさに制約条件として業務を規定しているのです。
RFPを作成する際には、この「ものの流れの制約」を必ず明記しなければなりません。これは、ベンダーに委ねてよい設計要素ではなく、プロジェクトにおけるMustの中でも最上位の条件だからです。
このように、業務はものの流れに従って発生します。したがってERP導入では、まず現物の動きを前提として捉えることが出発点になります。
トリガーイベント:ものの流れを始める起点
ものの流れは必ず「きっかけ」をもって始動します。その始まりこそがトリガーイベントであり、情報の流れの起点です。顧客からの注文、仕入先からの発注確認、在庫が一定水準を下回った通知。これらはすべて業務を動かす引き金であり、業務の起点を規定する制約条件となります。
トリガーイベントを深掘りすると、業務の輪郭が明確になります。「どのタイミングで、何をきっかけに、どんな情報処理が始まるのか」という視点に立つことで、従来の画面や慣習にとらわれず、本質的に必要なプロセスを抽出できます。具体的には、誰がそのイベントに関わるのか(アクターの特定)、どのような出来事が起点となるのか(イベントの棚卸し)、そしてその流れが実際の取引パターンと整合しているかを確認することが求められます。こうした整理を行うことで、業務の構造が体系的に捉えられるようになり、設計の前提がより明確になります。
ここで押さえておきたいのは、トリガーイベントがものの流れと切り離された存在ではないという点です。業務はものの流れに規定されますが、その流れはトリガーイベントを契機にして初めて動き出します。つまり、ものの流れが「業務の枠組み」を決め、トリガーイベントが「業務の開始点」を決める。この二つが組み合わさることで、制約条件としての業務の全体像が見えてくるのです。詳しくは、既に公開している「To-Beプロセス構築を成功に導く!トリガーイベントで見極める“必須”のAs-Is業務」ブログを参考にしていただければと思います。
3M+Method ― 業務を規定する条件データ
ものの流れがあり、その始動条件としてトリガーイベントを押さえることで、業務の大枠は見えてきます。続けて整理すべきなのが、業務を実際に進める際の条件です。現場では、同じ流れや同じイベントであっても、処理や判断は状況によって分かれます。その違いを規定しているのが3M+Methodです。
- Man(人):
人員の配置やスキルは、業務の実行可能性を規定します。作業カレンダーやシフトの設定によって稼働可能な時間が定まり、人数の制約があれば処理できる範囲も限られます。多能工化が進んでいれば柔軟な担当替えが可能となり、逆に資格やスキルが限られている場合には業務が特定の人員に依存します。また、複数の設備を同時に担当する「多台持ち」のような体制も、前提条件として考慮しなければなりません。 - Machine(設備資源):
生産や物流に関わる物理的な資源が、業務の制約条件を規定します。生産ラインの処理能力や運転条件が工程を規定し、タンクや倉庫の容量が仕掛や在庫の扱いを決めます。さらに、フォークリフトやクレーン、自動倉庫、
ソーターといった搬送設備の稼働条件や処理能力も制約要素となります。設備の切り替えやメンテナンス周期も、業務を進める上で外せない前提として整理されます。 - Material(もの):
原材料や製品の特性は、業務を規定する大きな要素です。梱包形態によって賞味期限の長さが変わる場合もあれば、気温や湿度によって液体の濃度や量が変動することもあります。危険物や要冷蔵品は専用の倉庫や輸送手段を経由する必要があり、在庫の配置や保管条件も業務フローを左右します。また、アレルゲン対応や洗浄の有無、段取時間の長短によって製造順序が規定されることもあります。こうした物性や順序条件が、業務の前提として組み込まれるのです。 - Method(方法):
ものづくりや物流の現場では、必ず遵守すべき基準やルールが業務の制約条件を規定します。食品業界では HACCP や食添GMP に基づくゾーニングや衛生管理が工程や倉庫配置を定め、自動車業界ではIATF16949をはじめとする品質規格や安全基準が、検査の実施方法や承認の流れをあらかじめ定めています。さらに、仕入先や顧客による納品曜日・時間の指定といった取引条件もMethodに含まれる代表的な要素です。
これら4要素は、ERPを導入しても変わらない前提であり、業務を規定する制約条件です。例えば、タンクには最大容量や最小使用量といった制約があり、工程設定に反映されます。生産設備には製造能力があり、能力マスターの登録内容を規定します。ゾーニングの基準は在庫場所の区分として定義され、倉庫や場所マスターに組み込まれます。このように、ERPのコンフィグレーションは4要素を前提として構成され、現実の業務に結びついていきます。
3M+MethodをQCDで分類する
3M+Methodの要素は単独で把握することもできますが、QCD(品質・コスト・納期)の切り口を加えることでより具体的に整理できます。例えば、設備能力を品質の観点から見れば稼働条件が製品精度を規定し、コストの観点から見れば保守や投資が費用構造を決め、納期の観点から見ればタンク容量や搬送能力が処理速度を左右します。このように一つの要素を複数の視点で捉えることで、制約条件の意味が立体的に見えてきます。
こうした整理を進める際には、QCDを縦軸に、3M+Methodを横軸に置いたマトリックスを活用すると効果的です。条件ごとの影響範囲を見える化でき、通常のAs-Is調査では見落としやすい前提を把握する助けとなります。
進め方としては、まず3M+Methodごとに現場の制約条件を洗い出し、それをQCDの観点で分類します。一つの条件を複数の切り口で確認することで影響範囲が明らかになり、ERPの要求精度を高める基盤となります。
制約条件の関連性と要求精度
制約条件は「ものの流れ」「トリガーイベント」「3M+Method」という三層で整理できます。
最上位にあるのは、「ものの流れ(現物)」です。仕入から生産、在庫、出荷に至る実体の移動が、業務の枠組みを決めます。次に、その流れを始める合図となるのが、「トリガーイベント(プロセス)」であり、受注や発注、入荷や検収といった出来事が業務を動かします。そして、実際に処理を進める際の判断や分岐を決めるのが、「3M+Method(条件データ)」です。人の配置、設備の能力、原材料の特性、遵守すべき基準といった要素が、具体的な業務手順を形づくります。
三層をこのように位置づけて整理することで、従来のAs-Is調査だけでは見落とされがちな前提を捉えることができます。現物の流れを起点に、プロセスを動かすイベントと条件データを重ね合わせることで、要求定義の抜けや漏れを防ぎ、ERP導入プロジェクトにおける要求精度を高める大きな手がかりとなります。
まとめ
制約条件は、ユーザーの要望の有無にかかわらず必然的に存在し、業務を成り立たせる前提であり、ERP導入を現実に結びつける基盤です。三層の視点から整理することで、見落とされがちな条件を明らかにし、要求定義の抜け漏れを防ぐことができます。
根幹となる制約を押さえることで、業務に余計な影響を残さず、次のプロセスをTo-Beの視点で検討できる状態が整います。言い換えれば、必然的な前提を踏まえることが、将来像を描くための出発点となるのです。
次回は、この考え方をCRPとMoSCoWに展開し、プロジェクト全体を前へ進める方法を取り上げます。