ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第二部:Must have の抽出方法【中編】プロジェクトの目的
どれだけのプロジェクトがその目的を意識して取り組んでいるでしょうか。在庫削減、リードタイム短縮、生産性向上、意思決定の迅速化、決算の早期化、多くの目的が挙げられますが、プロジェクト活動内でこの言葉を耳にすることは少ないのが現実です。
今回の投稿では、The・MoSCoW 第二部:Must haveの抽出方法として、この「プロジェクトの目的」を取り上げます。要求管理の本丸ともいえるプロジェクトの目的が、どのように抽出され、形骸化することなく、プロジェクトメンバーが常に意識し続けられるのかを考察します。
なぜプロジェクトの目的は形骸化するのか
ERP導入は、ビジネスを継続し競争力を高めるために取り組まれます。費用対効果も試算され、その価値が判断されてプロジェクトが始まります。プロジェクトの目的は、プロジェクト憲章としてチームに示され、キックオフでは全員が目的を念頭に置いているはずです。しかし、業務要件の議論が始まると、目的は次第に薄れていきます。経営陣が、「ERP導入でどれだけ効果が出そうなのか?」と聞かれた時に、“ハッ”と我に帰るのです。
目的が意識されなくなる理由は明白です。経営層が日常的に参加せず、進捗報告にも目的が含まれない。そしてAs-Is業務の羅列が要求管理を支配する。この結果、プロジェクト目的は単なるスローガンとなり、経営や業務改革の取り組みではなく、システム更新の作業として片付けられてしまうのです。
ビジネス要求の三層構造
ERP導入のきっかけは企業ごとに異なります。経営陣が「うちもAIに取り組まなければ」「グローバル化に遅れてはいけない」といった漠然とした声を上げる場合もあれば、現場の問題意識やシステム老朽化、外部環境の変化が契機となることもあります。しかし、こうしたきっかけがなんであれ、ERPは経営の仕組みそのものを担う基盤であり、導入の成否は経営の方向性と直結します。だからこそ、最終的には経営課題を整理し、それをプロジェクト目的に落とし込み、さらにビジネスモデル変革へと展開していく必要があります。
ここで整理すべきは、ビジネス要求を構成する三つの層です。
- 経営課題(Needs):
企業として「何を成し遂げたいのか」を示す最上位の問いです。例:資本効率の改善、持続的成長、顧客信頼の強化 - プロジェクト目的(Goals):
経営課題をプロジェクトレベルで実行可能なテーマに翻訳したものです。例:意思決定を迅速化する、在庫を適正化する - ビジネスモデル変革(Change):
To-BeビジネスモデルとAs-Isの差分から導かれる要素です。単なる機能ギャップではなく、「できていないこと」「限界点」「不足事項」を整理します。例:新規事業展開、供給拠点の再配置、生産形態の最適化、コスト管理と価格戦略
この三層を整理することで、経営課題からプロジェクト目的、そしてビジネスモデル変革へと一貫した流れを描けるようになります。次に、その中核となるプロジェクト目的をどのように抽出していくのかを見ていきます。
プロジェクト目的の抽出方法
プロジェクト目的を導く方法はいくつもあります。いずれか一つに限定する必要はなく、複数の視点を組み合わせて検討すると良いでしょう。ここでは代表的な五つの観点を取り上げ、例を交えながら目的を抽出する具体的なアプローチを解説します。各視点は重なることもあり、例えば経営戦略と最先端ERPの双方から同じプロジェクト目的が導かれる場合もあります。
- 経営課題から抽出
資本効率改善、持続的成長、顧客信頼の強化といったテーマを軸に、経営層へのインタビューや経営計画の確認から課題を言語化します。経営層が明確に課題を提示しない場合でも、現場要望を受け止めつつ、最終的に経営課題へ引き上げることが必要です。 - 外部環境から抽出
規制強化や市場変化をTo-Beの必然性として捉えます。制度改正や業界標準変更がある場合、それにどのように対応すべきかをヒアリングやベンチマーク調査から整理し、目的へと落とし込みます。 - 最先端ERPの進化から抽出
リアルタイム分析やサプライチェーン最適化に加え、環境負荷の可視化やサステナビリティ報告支援といった機能を参考にします。RFIに経営課題を盛り込み、ベンダーの回答から具体的な示唆を得ます。 - 経営戦略から抽出
新市場開拓、M&A、グローバル展開といった戦略に直結するものを経営層から確認します。その上で、「戦略を実現するにはどの業務や仕組みを変える必要があるか」をブレークダウンし、目的へと整理します。 - プロジェクト目的テンプレート:
白紙から考えるのではなく、あらかじめ体系化されたテンプレートを参照する方法も気付きを与えます。テンプレートは大きく「攻め(成長・競争優位の獲得)」と「守り(リスク低減・安定性の確保)」に分けられます。攻めは収益機会の拡大や競争力強化に直結し、守りは法令遵守や品質保証といった経営の持続性を支えます。自社の状況に照らし合わせて目的を抽出することで、議論の抜け漏れを防ぐことができます。- 攻め(成長・競争優位の獲得)
新市場進出支援、データ分析強化、生産ライン効率化、ロット管理最適化、物流効率化、コスト削減(成長投資に結び付ける場合)など。 - 守り(リスク低減・安定性の確保)
品質基準遵守、トレーサビリティ強化、リコール対応、在庫リスク低減、規制対応、サプライチェーン強靭化、コスト削減(財務安定の観点で扱う場合)など。
- 攻め(成長・競争優位の獲得)
プロジェクト目的を運営の仕組みに組み込む
プロジェクト目的は、抽出しただけでは現場に浸透せず、時間が経つにつれて意識から薄れていきます。冒頭で触れたように、その理由は明白です。経営層が日常的に参加せず、進捗報告に目的の達成度が含まれず、As-Is業務の羅列が検討を支配してしまうためです。これを避けるには、目的を「掲げる」だけではなく「仕組み」としてプロジェクト運営に組み込むことが重要です。
プロジェクト目的と業務要求の関連付け
まず、プロジェクト目的をビジネスモデル変革や業務要求と関連付けて検証します。経営課題から導かれたプロジェクト目的を、To-Beモデルにおける変革要素や具体的な業務要求へと落とし込み、CRP(Conference Room Pilot)のシナリオに反映させるのです。在庫削減を目的とするなら、「需要予測精度を高める」「在庫基準を見直す」「引当ルールを整理する」といった業務要求や変革要素がすべて在庫削減に結び付きます。意思決定迅速化であれば、リアルタイムレポートやワークフロー短縮を組み込み、実際に意思決定の速度がどのように変わるのかを具体的に検証します。
プロジェクト目的の進捗を定量化
次に、その検証の進捗を定量的に評価する仕組みを整えます。本稼働後でなければ測定できない指標も多いため、プロジェクト進行中は「指針となる期待値」をあらかじめ設定し、シナリオ検証の結果に基づいて見込み値を割り振ります。
在庫適正化であれば、安全在庫ルールを変更した際に見込める圧縮効果をシナリオ単位で評価し、「10%削減見込み」といった数値を決めます。需要予測精度の改善では、まず現状の精度を調べ、シミュレーション結果から誤差率の改善度を見込み値として設定します。意思決定迅速化については、現状のデータ収集から分析までの時間を測り、CRPで実際にデータ可視化までにかかった時間と比較することで、従来との差を数値化します。
こうしてプロジェクト進行中でも、目的の達成度を定量的に追跡できるようにします。
月次報告でプロジェクト目的の達成度を共有
さらに、進捗を共有し、必要に応じて対策を講じる仕組みを設けることが大切です。目的達成度を測った結果は、月次報告などの場で経営層からプロジェクトメンバーまで共有します。進捗が思わしくない場合には、その場で課題を提起し、改善策を検討して活動を管理下に置きます。
この仕組みによって、経営課題から現場の行動までが一つの線で結ばれ、プロジェクト目的が常に意識され続けるようになります。
プロジェクト目的を要求事項の判断基準とする
加えて、日常の判断基準として目的を活用します。要求事項の優先順位を決めるときには「この要求は在庫適正化や意思決定迅速化にどう貢献するのか」を問い直すのです。この問いかけが繰り返されることで、目的は判断の基準としてプロジェクトに定着します。
これらの活動を組み込むことで、目的は単なるスローガンではなく、プロジェクト全体に浸透し、日々の行動を方向づける基盤として根付きます。
まとめ
プロジェクト目的は、抽出して掲げるだけでは形骸化します。三層構造を意識しつつ、業務要求や進捗管理に組み込み、経営から現場まで共有し続けることで、プロジェクト全体を方向づける軸として機能します。
次回は、Must have要求の一つである「制約条件」に焦点を当てます。3M+M(Man・Machine・Material・Method)、トリガーイベント、物流ネットワークにおけるものの流れといった要素は、ERP導入後も変わらない領域です。これらを整理することで、業務要求だけでは捉えきれない必須業務を漏れなく明らかにする方法を解説します。