基準とは? 《前編》悪影響のある基準と、価値のある基準の違い
基準を持たずに業務を行うと、何が起きるのでしょうか。
例えば、安全在庫量を決める。発注量を決める。緊急オーダーを手配する。承認の可否を判断する。例外対応を認める。業務の中には、日々多くの判断があります。しかし、その判断のうち、どれだけが明確な基準に基づいて行われているでしょうか。基準は、業務を安定させるために必要です。ただし、基準を置けば適切に業務を行える、という単純な話でもありません。過去の実績をそのまま基準にする。担当者の経験を基準にする。一度起きたトラブルを基準にする。部門ごとの都合を基準にする。不安を基準にする。このような基準は、一見すると安全な判断に見えます。しかし、時間が経つにつれて、在庫を増やし、確認作業を増やし、承認を増やし、判断を遅くし、その末には、経営を圧迫する原因にさえなるのです。
今回の投稿では、業務における「基準」を取り上げます。前編では、基準がないことで判断が属人化する問題と、間違った基準が業務に与える悪影響を解説します。後編では、価値を生む基準をどのように決め、使い、見直していくのかを整理します。
基準がないことによる問題
基準がない中で判断する場合、多くは担当者の経験に委ねられます。経験は重要です。過去のトラブルを知っているからこそ、事前に手を打つことができます。状況に応じた判断もできます。しかし、その経験が基準として整理されていなければ、判断は特定の人に依存します。その人に聞かなければ判断できない。その人がいなければ判断できない。その人が異動したり退職したりすると、判断の根拠が失われる。安全在庫をどれだけ持つのか。どのタイミングで発注するのか。緊急オーダーを認めるのか。どこまで承認を求めるのか。こうした判断が、特定の人の頭の中だけにある状態です。
さらに問題なのは、その判断が正しいかどうかを評価できないことです。基準がなければ、判断の良し悪しを評価する物差しがありません。その結果、判断は経験、感覚、不安、慣習に寄っていきます。
曖昧な基準の悪影響
基準がないことも問題ですが、曖昧な基準や間違った基準があることは、さらに大きな問題を生みます。
基準がない場合は、「基準がない」と認識できます。しかし、曖昧な基準がある場合、その基準に従って業務がなされます。そして、その基準が業務を悪化させていても、気づきにくいのです。
例えば、過去に一度だけ納期遅延を起こしたとします。その経験が強く残ると、次からは「もう二度と遅らせたくない」という心理が働きます。そして、リードタイムに余白を持たせるようになります。これで、確かに納期遅延は起こらなくなるでしょう。しかし、その余白が大きくなりすぎると、必要以上に早く手配し、必要以上に多く作り、必要以上に在庫を持つことになります。在庫が増えれば、保管費が増えます。資金も在庫に固定されます。倉庫スペースも圧迫します。さらに、作りすぎた製品が生産能力や保管場所を占有し、本来作るべき製品を作れなくなることもあります。欠品を防ぐために持たせた余白が、別の製品の欠品を生む可能性もあります。つまり、過去の遅延を防ぐために作った余白が、別の無駄や制約を生み、経営を圧迫することにつながるのです。
1分の1と100分の100は違う
過去の経験を基準にする場合は、その事象がどの程度の頻度で起きているのかを確認する必要があります。100回中100回起きているのであれば、基準に反映する妥当性は高まります。しかし、1回しか起きていないことを、そのまますべての判断基準にしてしまうと、業務は必要以上に安全側へ傾きます。
1分の1と、100分の100は違います。一度起きたことは、印象に強く残ります。特に、それが大きなトラブルであれば、なおさらです。もう二度とやりたくない。もう二度と欠品させたくない。もう二度と納期遅延を起こしたくない。その心理状態で基準を決めると、業務は不安を中心に設計されることになります。不安を中心にした業務は、過剰な在庫、過剰な確認、過剰な承認、過剰なリードタイムを生みやすくするのです。
部門ごとの基準が全体を悪化させる
間違った基準は、部門ごとにも生まれます。
営業は欠品を避けたい。生産は段取りを安定させたい。購買は発注単価を下げたい。物流は保管スペースを抑えたい。経理は資金効率を高めたい。それぞれの部門の考えは、部門単位では合理的です。しかし、部門ごとの合理性が、会社全体の合理性と一致するとは限りません。営業の基準で在庫を増やし、生産の基準でまとめて作り、購買の基準で大量に買えば、会社全体では在庫が増えます。在庫が増えれば、保管費が増え、廃棄リスクが高まり、資金が固定されます。
各部門では正しいと思っている基準が、会社全体で見ると、悪影響を生んでいるのです。
価値を生む基準と、悪影響を生む基準の違い
価値を生む基準は、目的とつながっています。
何を守るための基準なのか。どの問題を発見するための基準なのか。どの影響を抑えるための基準なのか。どの判断に使う基準なのか。これが説明できる基準は、業務を整える力を持ちます。
一方で、悪影響を生む基準は、目的が曖昧です。昔からそうしている。前任者が決めた。過去に一度大きな問題が起きた。現場が不安と言っている。他社もそうしている。測りやすいから使っている。このような理由だけで置かれた基準は、業務を良くする力を持ちにくくなります。
基準は、業務を固定するためのものではありません。目の前の事象を正しく捉え、問題として扱うべきかを判断し、原因を特定し、対処すべき課題を明らかにするためのものです。
後編へ
大切なのは、基準を持つことではなく、何をもって基準とするのかです。経験をそのまま基準にするのではなく、事実、頻度、影響、再発可能性に分解して考える。部門単位ではなく、業務全体への影響を見る。基準の目的を明確にし、必要に応じて見直す。そうして初めて、基準は業務を縛るものではなく、業務を整えるものになります。
後編では、価値を生む基準をどのように決めるのか、そして決めた基準をどのように使い、見直していくのかを整理します。