SaaSタイプのERPにおける各フェーズの完了基準判定 その1:前提整理

「構想策定フェーズまでにプロセスフローをすべて洗い出しておくべきだ」という意見もあれば、「業務構築フェーズまでに揃っていれば十分だ」と考える人もいるでしょう。こうした認識の違いは、どちらが正しいかを決める話ではありません。フェーズをまたぐ判断をどう行うかという、マネジメント上の論点として捉えるべきものです。

次のフェーズへ進むための完了基準が定まっていないと、成果物の粒度や作成範囲を巡る議論が長引きます。その結果、「何を根拠に、いつ、どの水準に達していればGoと言えるのか」が関係者の間で共有されないまま、判断が先送りされていくことになります。

以前の記事「SaaSタイプのERPにおける本稼働判定【基礎編】および【実践編】では、本稼働判定における評価軸と評価領域を示し、それらをどのように測り、どのように報告するかを整理しました。本稿ではそれを一段前に戻し、SaaS ERP導入において、各フェーズで「どこまで整っていれば次へ進めるのか」を判断するための完了基準の考え方に焦点を当てます。

SaaS ERP導入における完了基準の考え方

SaaSタイプのERP導入では、標準機能を起点に実機での検証を重ねながら、業務やシステムの評価水準をフェーズごとに高めていきます。最初に完成形を決め打ちするのではなく、検証を通じて理解を深め、その時点で到達すべき水準を満たしているかを確認しながら次のフェーズへ進みます。このような進め方には、アジャイル型の導入アプローチが適しています。

このとき重要になるのが、各フェーズで「何がどこまで整っていれば次へ進めるのか」を明確にしておくことです。ここでいう完了基準とは、作業が終わったことを示す区切りではありません。実機検証の結果を踏まえ、次のフェーズに進んでも業務やシステムの検証やテストを継続できるかどうかについて、関係者が同じ根拠で判断できる状態を指します。

アジャイルで進めるのであれば、ウォータフォールのようにフェーズごとに完了基準を設けるのはなぜか、と感じる方もいるかもしれません。ウォータフォール型の導入では、フェーズの完了は成果物の完成を意味し、要件定義書や設計書が揃ったことが次に進む条件になります。一方、SaaS ERP導入における完了基準は、すべてを決め切るためのものではなく、判断を次に進めるための節目です。必要であれば、次のフェーズで前提を見直すことも含めて判断します。

このように完了基準を捉えると、重要な前提が見えてきます。それは、評価対象となる範囲、すなわち網羅性の分母が、フェーズをまたいで変化するという点です。構想策定フェーズで洗い出したプロセスやデータは、業務構築フェーズの実機検証を通じて増えることがあります。これは想定外ではなく、検証によって業務の全体像がより具体的に見えてきた結果として起こります。

完了基準では、この変化を前提として扱います。検証を通じて分母が増えたときに、何を完了扱いにし、何を次のフェーズで扱う検証対象として持ち越すのかを整理しておく必要があります。これが曖昧なままだと、完了かどうかを判断する根拠が揃いません。

さらに、フェーズが進むにつれて、完了基準で見るべき評価の中心も移っていきます。構想策定では、ビジネスプロセス準備やビジネスデータ準備が判断の中心になります。業務構築では、それらが実機で成立するかどうかが問われます。システム構築では、稼働性を前提に、技術準備や人材準備、運用準備を含めた統合状態が判断の軸になります。完了基準は、この評価の重心が段階的に移ることを前提として設計する必要があります。

評価領域の関係性をどう捉えるか

完了基準を設計する際には、評価領域間の関係性を整理しておくことが重要です。評価は、「構造(モデル)」「移行(運ぶ)」「運用(維持する)」という三つの観点で整理すると、フェーズごとの判断が明確になります。

例えば、データに関することとしては、ビジネスデータ準備で確認するのは、データの「構造(モデル)」が標準に適合し、業務を成立させる形で定義されているかという点です。品目コード定義やそのコード体系、BOMの粒度、取引パターンに基づくトランザクションタイプの定義など、どのようなデータを、どの粒度で、どのルールで持つのかが判断材料になります。

この構造(モデル)が確定した上で、次に扱うのがデータの「移行(運ぶ)」です。移行準備では、定義されたデータ構造を前提として、データを本番環境へ持ち込むための計画と検証が成立しているかを確認します。移行対象の確定、移行手順、リハーサルを含めた一連の作業が実行可能な状態になっているかが評価対象になります。

さらに、本稼働後にデータを継続的に扱っていくための体制は、「運用(維持する)」という観点で評価します。マスタ変更の承認や変更管理、データ品質の監視といった内容が、運用として継続できる状態になっているかを確認します。構造(モデル)が定義され、移行(運ぶ)が成立し、その上で運用(維持する)が継続できる。この流れが途切れずにつながっていることが、完了基準として重要になります。

フェーズと完了基準の関係

本稼働判定はプロジェクトの終盤で行われますが、その判断は終盤だけで突然下されるものではありません。構想策定、業務構築、システム構築、導入移行、運用開始といった各フェーズで完了基準が段階的に設定され、その達成状況が積み上がった結果として、本稼働判定が成立します。

各フェーズでは、6つの評価領域はフェーズごとに、判断の中心となる評価領域が変わります。完了基準とは、その時点で「次へ進める判断ができる材料が揃っているか」を確認するためのものです。

まとめ

SaaS ERP導入における完了基準は、作業の完了を確認するためのものではなく、次のフェーズへ進む判断を支えるための共通言語です。分母が変化すること、評価の中心が移ること、評価領域同士が役割分担を持っていること。これらを前提として完了基準を設計することで、プロジェクトの意思決定はスムーズになります。

次回は、各フェーズごとに、どの評価領域がどの水準まで整っていれば完了と判断できるのかを、具体的に整理します。チェックリストとして活用できるレベルです。その次の回では、完了基準が満たせなかったケースを取り上げ、どのように立て直すべきかをケーススタディとして解説する予定です。