ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その6】経営効果①
「この製品、本当に儲かっているのか?」「製品がどんどん増えるのに、利益率は一向に良くならない」こんな悩みを抱えている企業は、決して少なくないはずです。
品揃えを増やせばお客様の選択肢が広がり、売上も伸びていくはずだ。そう信じて、少しずつラインナップを厚くしていく。昔からの主力だから。経営者の肝入りだから。そんな理由が積み重なって、気づけば製品点数だけが膨らみ、肝心の利益率は思うように上がらない。
よく見てみると、その前提となる数字自体があいまいなこともあります。売上高は日々把握できていても、売上値引きは総額で計算しており、各種の販売奨励金をすべて精算してみないと、「本当の売上高」は決算のタイミングまで見えてこない。原価についても、期間損益をベースに集約した数字を後付けで品目に割り振っている程度で、製品レベルで日々の変動を追える状態にはなっていない。こうした状況では、どの製品が本当に利益を生み、どの製品が足を引っ張っているのかを、経営としてマネジメントするのは難しいでしょう。
これまでの「The・MoSCoW」第四部では、BPRの実施により、【その4】で在庫やモノの流れを、【その5】で決算やおカネの流れを変革してきました。いずれも、モノとおカネの動きをリアルタイムに捉えることで、在庫削減や決算早期化といった経営効果を生み出すための取り組みでした。今回は、その流れを踏まえ、「製品別収益」と「品揃えの見直し」による経営効果を、事例を用いて解説していきます。
経営効果のあたりを付ける
第二部の「プロジェクトの目的」で整理したように、MoSCoWにおけるMustは、プロジェクトの目的から逆算して定義する必要があります。ここで取り上げるプロジェクトでも、「経営改善効果の測定」と「判断業務の集約」が目的として掲げられていました。ただ、プロジェクトオーナーの頭の中には、もう少し踏み込んだ狙いがありました。製品点数の多さに初めから違和感を持ち、「どこかでこのラインナップにメスを入れなければならない」という感覚を抱えていたのです。
データドリブン経営というと、「数字を見て初めて事実に気づく」というイメージを持たれがちです。しかし実際には、多くの場合、先に違和感や仮説があり、その仮説に定量的な裏付けを持って「ことにあたる」プロセスではないでしょうか。このプロジェクトでも、「製品ごとに真の売上高と原価を捉え、その情報をもとに品揃えを見直し、事業全体を黒字化する」という経営のイメージが先にあり、その実現に向けてBPRとMoSCoWの使い方が組み立てられていきました。
本稿では、その中でも特に「真の売上高と原価をどう日々捉え直したのか」という視点から、経営効果とMoSCoWの関係をたどっていきたいと思います。
真の売上高を日々捉える
このプロジェクトで最初に手を付けたのは、「売上高」という当たり前の指標を、もう一度いちから設計し直すことでした。
それまで売上は、ごく一般的なやり方で管理されていました。請求書ベースの売上高は日々システムから把握できるものの、売上値引きは受注の総額で計算し、販売奨励金(実態としての売上割戻)は営業担当者が年度を通じてExcelで記録しておき、期末にまとめて精算する。これでは製品単位の真の価格は分からず、決算のタイミングになって初めて「奨励金を差し引くと、実際の売上はここまで下がってしまうのか」と全体像が見える。そんな運用が、ごく当たり前のものとして定着していたのです。
しかし、プロジェクトオーナーの視点からすると、これが致命的な問題に映るのです。真の売上高が分かるのは、いつも年度末なので、通期の途中では名目上の売上しか見えないため、手元の数字と経験則を頼りに「おそらくこれくらいの利益は出ているだろう」と見込むしかない。その結果、採算の薄い製品を抱えたまま一年を走り切ってしまう危険性を常に抱えていました。
そこで、売上の捉え方を「決算で整えるもの」から「販売の瞬間に構成要素を押さえるもの」へと切り替える設計に踏み込みました。具体的には、販売時点で真の売上高を構成する要素を仕訳として分解し、リアルタイムに記録するようにしたのです。受注登録の段階で契約条件から自動的に値引額を算出し、製品の価格と別科目で「売上値引」を計上する。そして、年度末で最終額が確定する販売奨励金については、あらかじめ決めた算定ルールに基づいて「売上割戻引当金」として売上時点で計上していくようにしました。
こうして、一つの受注・出荷の裏側で、名目の売上高、売上値引、売上割戻引当金が同時に仕訳として計上するように設計したわけです。結果として、日々の会計データの中に、「売上高」だけでなく、売上値引と売上割戻を織り込んだ実態に近い売上高が現れるようになりました。月次や年度の締めを待たなくても、「この製品は実際にはいくらで売れているのか」が日次で見えてくるようになったということです。
MoSCoWの観点で言えば、こうした「真の売上高」を日々捉えるための設計は、このプロジェクトにとってMustの領域です。製品別収益をもとに品揃えを見直し、事業全体を黒字化する。その目的を達成するには、名目の売上だけではなく、実態に近い売上を数字として押さえることが欠かせなかったからです。
原価を日々の判断に使える形にする
売上側で「真の売上高」を日々捉えられるようにするのと合わせて、原価についても、「決算のための集計」から「日々の判断に使える情報」へと位置づけを変えていきます。
BPR前の原価管理は、月次・年次の決算書を作ることを主眼にしたものでした。材料費や経費を期間単位で集計し、その結果をあと付けで品目やカテゴリーに割り振る。部門別・勘定科目別の原価は分かるものの、「この製品はいくらの原価で動いているのか」という問いには答えられない構造だったのです。結果として、製品ごとの収益性は、どうしても経験と感覚に頼らざるを得ませんでした。
そこで、原価の捉え方も、モノの流れに沿うように組み替えました。原材料や中間体を工程に払出すときに費用として計上し、製造が完了して製品として入庫した段階で、その製品に原価が積み上がるようにする。材料の受入から製品の完成までの原価を、「あと付けで割り振る」のではなく、プロセスの節目ごとに記録していく設計に改めたのです。
そして、出荷が起きたタイミングで、製品として積み上がっていた原価を売上原価に振り替えます。仕訳としては、製品やバルク品、商品といった在庫を減らし、その分を売上原価として計上するかたちです。売上側では同じタイミングで、売上高・売上値引・売上割戻引当金が起票されていますから、「この製品は今日いくらで売れて、どれくらい原価がかかったのか」「今日この製品は勝ったのか負けたのか」を、日次のレベルで数字として確かめることができるようになりました。
もちろん、実務の原価にはぶれがつきます。材料価格の変動や消費量の差は日々の記録で追えても、設備費や共通費の配賦まではリアルタイムでは吸収しきれません。そこで、これらの差を「原価差額」として専用の勘定にいったん集約し、月次のタイミングで在庫や売上原価に振り直す設計にしました。日々は移動平均法による実際原価を使って動きを捉え、月次では標準原価の差異調整を行う。この二段構えによって、マネジメントの即時性と会計上の整合性を両立させています。
こうして、仕入・工程払出・完成入庫・売上出荷という一連の流れに沿って原価と原価差額を捉えることで、「この製品はいくらかかっているのか」を日々・月次の両方から確かめられるようになりました。
この二つが揃ったことで、経営者は同じ数字の土台の上で、この製品が今日勝ったのか負けたのか、前月まで見ても、この製品は勝ち続けているのか、それとも負けが込んでいるのか、を確認できるようになりました。10日かかっていた月次決算も第3営業日には締められるようになり、その時点で前月分の製品別損益が確定する。翌月のスタートと同時に、「どの製品をどう扱うべきか」を具体的に議論できる状態が整っていった。これが、原価を日々の判断に使える形にしたことによる、もうひとつの大きな経営効果でした。
MoSCoWの観点から見れば、この原価の捉え直しも、売上側と同じくMustの領域です。製品別収益をもとに品揃えを見直し、事業全体を黒字化する。その前提として、真の売上高と、取引にひも付いた原価の両方を、日々のマネジメントに耐えるレベルで捉える仕組みが欠かせなかったと言えるでしょう。
ここまでで、売上値引や販売奨励金を含めた「真の売上高」と、取引にひも付いた「原価」を日々の仕訳で押さえることで、製品別収益をマネジメントに使えるレベルで見えるようになった経緯を整理しました。
次の【経営効果②】では、こうして見えるようになった数字を活用して、経営が「正確なデータをどう経営効果に結びつけるのか」という視点から、MoSCoWとの関係を整理していきます。