ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その3】リアルタイム化

ERP導入目的の代表格「リアルタイムに情報を収集して迅速な経営判断を行えるようにする」。そしてERP導入ベンダーはこの「リアルタイム化」を営業トークの定番としています。しかしその言葉とは裏腹に、リアルタイム化はそう簡単には実現しないです。

前回の記事では、「脱Excel」、つまりペーパーレス化によって、リアルタイム化の土台が整うことをお伝えしました。固定された情報が動的に変わること自体がリアルタイム化の第一歩だからです。今回は、そのリアルタイム化をどのように実現するのか。具体的な事例を交えながら掘り下げていきます。

なぜリアルタイム化は簡単には実現できないのか?

ERPを導入すればリアルタイム経営が実現すると言うのは幻想でしょう。ビジネスプロセスを変えるだけでも不十分です。もちろん、リアルタイム化には現場で簡単に表示や入力ができる仕組みは必要です。けれども最も重要なのは、“リアルタイムを必要とするマネジメント構造”に変わることです。

もし、受注から出荷までのリードタイムが供給リードタイムよりも十分に長かったら期限に間に合わない恐れがないので1日一回進捗を見れば良いでしょう。もし、在庫を潤沢に持つビジネスモデルなら、シビアに在庫の入出庫登録をしなくても良いでしょう。もし、月次マネジメントで議論をかわすくらいで良いのであれば、月末までにデータを登録すれば会議は開けます。

「リアルタイム」は、聞こえは良いのですが、実際自分ごととなると「そこまでやる必要ありますか?」となって話が先に進まなくなります。

従って、リアルタイム化するには、とことん無駄をなくして、否応なしにリアルタイムで情報が必要な状況下に経営を置くということなのです。

仕掛かり在庫をほぼゼロにした事例

ある部品メーカーの事例です。最終組立工程と出荷検査工程の間に大量の仕掛品が山積みになっていました。出荷検査工程はデポ倉庫への便に合わせて検査を行います。一方、最終組立工程は、生産計画に基づいて“前日”に製造オーダーを発行して現場に指図書を配布していました。両工程のリズムが合わず、検査工程がボトルネックとなって仕掛が滞留する構造的な問題が起きていたのです。

この状況に対し、現場からはいくつものシステム改善要望が挙がりました。「仕掛在庫を一覧で見えるようにしたい」「検査工程で使用する組立完了品を自動的に引き当ててほしい」「製造順序を簡単に入れ替えできること」どれも“自分の”工程の仕事をしやすくする要望です。

しかし、実際に採用したのはそれらの要望とはまったく異なるアプローチでした。

改善の核心は、後工程の検査作業者が必要な品をリアルタイムに最終組立へ指示し、その場で現場プリンターから指図書を印刷できるようにしたことです。これにより生産の流れはPush型からPull型へと変わり、情報が動的に連鎖しました。

たったこれだけで、仕掛かり在庫はぽぽゼロに。前述のシステム改善要望は不要となり、リアルタイム処理への移行が自然に実現しました。当時はまだ完全なペーパーレスではありませんでしたが、バッチ処理中心だった情報の流れがリアルタイムに変わったことで、業務全体のテンポが一変したのです。

リアルタイム化に必要な三つの要素

リアルタイム化の実現には、いくつかの共通要素があります。それは、「無駄をなくす」「事務所処理を現場処理に切り替える」「アラートを発信する」という三つです。

無駄をなくすことで、情報遅延の余地がなくなります。すると、進捗や在庫を即座に更新する必要が生まれ、処理を現場で完結させなければならなくなります。現場で処理を行うためには、操作が簡単で誰でも使えるモバイル端末が必要になります。このように、モバイル端末の導入は目的ではなく、無駄をなくした結果として必然的に生まれる構造なのです。

こういったある意味“忙しい”プロセスにすると全ての取引を人が見切れなくなります。そこで必要になるのが、アラートの発信です。すべての情報を確認するのではなく、異常が発生した瞬間にシステムが知らせることで、業務を止めずに流すことができます。

つまり、リアルタイム化の本質は、経営効率を突き詰めていくところにあります。

リアルタイム化の種類と広がり

リアルタイム化をもう少し整理してみます。シチュエーションで分けて見ることで、リアルタイム化の構造がつかみやすくなります。

データ即時化
例えば、在庫や進捗のように“今どの状態にあるか”を即座に反映させる。これは、倉庫で入出庫をスキャンすると同時に在庫数量が変わるような場面です。伝票をまとめて転記するのではなく、作業と同時にデータが更新される。これが最も基本的なリアルタイム化です。

指示即時化
次に、製造指示や引当のように“行動を起こす指令”を即時に反映させる。前工程の完了を待って後工程が自動的に作業を開始する。営業が受注登録をした瞬間に工場へ製造指示が発行される。いわゆるPushからPullへの転換がここに当たります。

検知即時化
一方、品質異常や納期遅延といった“予定との誤差”をその場で捉える。これは、異常値を見つけて初めて報告するのではなく、システムが閾値を超えた瞬間にアラートを出すような仕組みです。担当者は、報告を待たずに現場で対応を開始できます。

意思決定即時化
そして、現場がアラートを受けて判断・対応できるように、権限とルールを整備する。例えば、一定の遅延が発生した場合に、班長レベルで再手配を即断できるようにしておく。ここまで来ると、単に“情報が早い”のではなく、“判断が早い”組織になります。

この四つは相互に支え合う構造です。データ即時化がなければ指示即時化は成り立たず、検知即時化がなければ意思決定は遅れます。こうした循環が整って初めて、リアルタイム経営と呼べる状態が実現するのです。

リアルタイム化実践に向けた取り組み

リアルタイム化の実践は、決して大掛かりな開発を要するものではありません。むしろ、先に述べた四つのリアルタイム化、データ即時化・指示即時化・検知即時化・意思決定即時化を、現場の日常業務にどう根付かせるかが鍵になります。ここでは、実際に取り組む際の進め方と注意点を整理します。

データ即時化:発生源入力を仕組みとして定着させる
データ即時化は、発生源で入力する仕組みを整えることが出発点です。倉庫や生産現場で入出庫や実績を登録する際、作業と同時に在庫や進捗が更新される。そのためには、操作が簡単で、迷わず入力できるモバイル端末が必要になってきます。現場の動線や動作をよく観察し、「止まらず・迷わず・間違えず入力できる」を確保することがポイントです。

指示即時化:PushからPullへ仕組みを変える
次に、工程間や部門間の連携をPushからPullへ転換します。後工程が必要なタイミングで前工程に指示を出せるようにし、前工程は“求められたものだけ”を生産・処理します。このとき、Pullの起点をどこに置くかを明確にしておくことが重要です。「誰がトリガーを引くのか」を曖昧にすると、リアルタイム化は進みません。受注、出荷、検査、いずれの起点でもよいですが、作業の順序と情報の向きを整理してから設定するのが成功の鍵です。

検知即時化:閾値と通知ルールを設計する
検知即時化では、異常を人が探すのではなく、システムが知らせる仕組みを整えます。ただし、やみくもにアラートを出すと現場が疲弊します。実践の際は、閾値設定 → 通知頻度 → 対応フローの順に整えると良いでしょう。どの程度の遅延を「異常」と見なすか、通知の対象を誰にするか、一次対応をどこまで現場で完結させるか。これらを具体的に決めてから運用を始めます。

意思決定即時化:権限とルールを先に定める
最後に、現場で判断できる範囲を明確にし、ルールとして定義します。リアルタイム化は通知の早さだけでは効果を発揮しません。判断の場を本社や管理層に集めるのではなく、現場で完結できる仕組みを整えます。班長やリーダーがその場で判断と再手配を行えるよう、権限委譲と判断基準を決めておくことが大切です。ルールを明確にしておくことで、通知が“報告”で終わらず、現場で即断・即応できる行動へと変わります。

リアルタイム化の実践は、技術を加えることよりも構造を整えることに近い取り組みです。まずはデータ即時化の仕組みを作り、Pull型の流れに変え、検知と意思決定を現場に近づけていく。こうして流れがつながっていくことで、リアルタイム化は仕組みとして根づきます。

業務要求を支えるリアルタイム化の設計視点

リアルタイム化は、それ自体が目的ではなく、業務要求を実現するための土台です。言い換えれば、BPRで描かれる「こうありたい業務」を成立させるための、“調味料”のような存在です。

例えば、次のようなMoSCoWの業務要求を実現するためには、必然的にリアルタイム化が求められます。

  • 在庫の変動を正確に把握し、欠品や過剰を未然に防ぐ
  • 製造から出荷までの進捗を途切れなく管理し、滞留をなくす
  • 遅延や異常の兆候を早期に捉え、現場で即時対応につなげる
  • 判断を現場で完結させ、上位承認を待たずに業務を進める

こうして見ると、リアルタイム化はシステム機能の話ではなく、業務要求を実現するための業務改善によって成り立ちます。MoSCoWの視点で整理すれば、「リアルタイム化を前提として成り立つ要求」は明確に位置づけられます。ペーパーレスとリアルタイム化は、そうした要求を実現する“調味料”としてBPRの成果を支えます。

まとめ

話を冒頭に戻すと、無駄の多い企業に「ERPでリアルタイム化を実現」と言っても、価値を感じにくいのは当然です。リアルタイム化とは、新しいシステムを導入することではなく、経営を“即応せざるを得ない構造”へ変えていくこと。無駄をなくすことで現場で処理せざるを得ない状況が生まれ、そこで初めてモバイル端末という手段が意味を持ちます。この連鎖がリアルタイム化の本質であり、MoSCoWはその構造を整理し、何をどの順序で実現すべきかを明らかにする枠組みとして機能します。

次回予告:BPRの“さしすせそ”で味を整える

ペーパーレス化によって情報が動的になり、リアルタイム化によって業務が連続的に流れるようになる。次回は、この二つがBPRの成果、在庫削減、リードタイム短縮、即応力向上、をどのように生み出していくのかを掘り下げます。

テーマは「BPRのさしすせそ」

ペーパーレスとリアルタイム化を、BPRを仕上げるための“調味料”に見立て、それぞれがどのようにプロセス改善の深みと持続性を生み出すのかを解説します。