ERP知識シリーズ The・MoSCoW 第四部:BPRとMoSCoW【その1】FTSにはBPRが前提
「ERP導入にはBPR(Business Process Re-engineering)が必要である」「プロジェクトの目的はBPRの実現であり、ERPはそのためのツールである」。こうした言葉はERP導入プロジェクトでよく挙げられます。一方で「BPR」と聞くと、「そんな大掛かりなことが本当にできるのか?」、「やらなければならないのはわかるがどこから手をつければ良いのか?」と言った心配も持たれることでしょう。
当時のプロジェクトでは、BPRという言葉が掲げられながらも、その本質を捉え切れていないことも多くありました。ここで少し、なぜそうなってしまったのかを振り返ってみたいと思います。
BPRとERPの“セット販売”
BPRとERPの関係は古く、私がERPに関わり始めた30年前には、すでに「ビジネスプロセスの変革」を掲げてBPRがERP導入プロジェクトのキーワードとなっていました。当時は「BPRとERPはセット」とよく言われていましたが、この“セット”という言葉が示すように、どこか軽い響きを持っていたのです。例えば「〇〇セットをご注文です」と言うときのように、“BPRもついてきます”といった感覚で扱われていた節があります。
実際のプロジェクトでも、上流工程で現行業務フローを詳細に描き、部分的に自動化を施しただけで、それをBPRと呼んでいたこともあります。そうしてERPの標準フローが検討されることもなく、プロジェクトが進められていったのです。
その結果、現行の個別システムを焼き直すような「ERPの名を借りた大改造」が行われ、ERP本来の形をとどめないプロジェクトとなりました。BPRという言葉がERP導入を正当化する都合の良い看板として使われていたとも言えるでしょう。
BPRは建て替えではなく新築
経験上、明確に言えることがあります。本当にBPRを実現したプロジェクトは成功に向かい、現行システムをERPに置き換えるだけのプロジェクトは失敗に向かう。ここで言う失敗とは「稼働しないこと」ではありません。稼働はするものの、「これまでと何が違うのか?」と問われるような状態、つまり、見た目だけ新しくなっただけで、本質は変わっていないというケースです。
たとえるなら、住宅の建て替え番組で、ビフォアの建材をアフターに一部残して“思いをつなぐ”場面がありますが、ERP導入でも似たような現象が起きます。慣れ親しんだ現行システムに愛着があり、使い勝手の良さを理由に実績登録システムを残し、ERPとはインターフェースでつなぐ。このような対応を一部の業務で認めると、「ならうちも」と原価システムを探してきて、「これとつながりますか?」といった話が始まってしまいます。
こうした動きを統制せず、全体を再設計することもないまま、「データハブなるもの」を真ん中に置き、各システムをつなぎ合わせて全体が構成されているように見せてしまう。一見まとまっているように見えても、実際には業務間の整合性が取れず、その不整合を正すための修正ややり直しが次々に発生します。
結果として、当初は想定していなかった大量のインターフェース開発と改修対応に追われることになります。
しかし、ERP導入とは建て替えではなく新築です。新しい設備(=機能)を使いこなさなければ、BPRなど到底実現できません。
FTS(Fit to Standard)するにはBPRが前提
FTSは、単に「業務をシステムに合わせる」という発想ではありません。業務そのものを再構築し、標準の仕組みを活かすための考え方です。
その前提となるのが、BPRです。
BPRとは、業務の進め方や情報の流れ、判断のタイミング、組織の役割を見直し、企業全体として最も効率的に機能する仕組みを描き直す取り組みを指します。
- 組織変革(OCM:Organizational Change Management)
BPRの起点は、組織と人の意識を変えることにあります。業務を変えるのはシステムではなく人です。まず、役割と責任を明確にし、業務を担う人材が新しい仕組みを理解し、運用をリードできる体制を整えます。トップダウンではなく、現場が自らの業務を主体的に見直せる文化を育てることが重要です。この段階で、プロジェクトの目的や成果を「自分たちの業務の言葉」で説明できる状態を目指します。これが、BPRの出発点となる組織変革です。 - 業務の標準化
組織が変わると、業務の進め方にも共通化の動きが生まれます。同じ手順・同じ定義・同じ基準で作業できるように整備することで、業務のばらつきを減らし、属人性を排除します。この標準化は、次に控えるFTS導入の実行条件であり、業務を「標準機能で運用できる状態」へ導く準備段階です。業務標準化こそが、BPRを具体的な仕組みに落とし込むための要です。 - 標準機能の活用(FTS:Fit to Standard)
標準化された業務を前提に、ERPの標準機能を活用して業務を運用する段階です。ここでの目的は、システムをカスタマイズすることではなく、標準機能を最大限に生かして業務を回すこと。FTSはBPRによって導かれた導入しやすい状態の上に成立するアプローチです。標準機能を使うことで、業務がシンプルに保たれ、継続的に改善サイクルを回す仕組みが生まれます。 - ビジネスプロセスの変革と最適化
FTSの活用が進むと、プロセス全体の最適化が現実的になります。業務の始まりと終わり、判断のタイミング、情報の受け渡しを見直し、プロセス全体の整合性を取ります。ここで重要なのは、部門単位の最適化ではなく、企業全体がひとつの流れとしてつながること。この段階で業務のボトルネックが可視化され、改善が仕組みとして定着していきます。 - ビジネスデータの準備と統一
プロセスを流れるのがデータです。品目・取引先・BOMなどの定義を統一し、共通のマスタを整えることで、業務の一貫性と再現性を確保します。部門ごとに異なる粒度や呼称を整理し、誰が見ても同じ意味で扱える“共通言語”としてのデータ構造を整備する。
この段階で、ERPの標準データモデルと自然に接続できる基盤が整い、企業全体の情報資産が連動して動くようになります。
これらの領域を順に整えていくことで、業務は標準の仕組みに適合しやすい状態へと進化します。つまり、BPRによって業務が整理・統一されることこそが、FTSアプローチを自然に実現させる鍵なのです。
BPRの出発点:ペーパーレス化とリアルタイム化
BPRという言葉を聞くと、大掛かりな業務改革や全社構造の見直しを思い浮かべるかもしれませんが、出発点は、もっと身近なところにあります。それが、「ペーパーレス化」と「リアルタイム化」です。
この二つは、どちらも“情報の流れを止めない”という点で共通しています。紙をなくすことは単に印刷をやめることではなく、情報をリアルタイムに共有できる形に変えることです。リアルタイム化することでマネジメントも変わります。これまでは1日一回進捗を確認して作業終了としていたのが、リアルタイムになると遅れを予期したり、問題が即座にアラートされて、解決に取り掛かるようになります。そして、ペーパーレス化を進めるうえで、最初に取り上げられるのが脱Excelです。
作業からExcelをなくせば、標準化されたERP導入は実現できる
多くの企業で、日々の業務に欠かせない存在となっているスプレッドシートのExcel。その手軽さと柔軟性の高さから、データ集計、レポート作成、進捗管理など、あらゆる場面で活用されています。中には、原価計算や製造スケジュール、未来在庫の入出庫シート、少し手間をかければ大概のことは実現できてしまいます。ERPの導入プロジェクトが、FTSを阻む背景には、部門単位で最適化され、担当者ごとに形を変えながら積み上がってきた「Excel業務」の存在があります。特定の担当者しか扱えない複雑なマクロや関数が組み込まれた“秘伝のタレ”のようなファイルが各所に存在し、ファイル名には「〇〇最終版_ver2_修正済(最新)」といった混乱を招く表記が並びます。どれが最新版か誰も分からないまま日々が過ぎ、担当者が異動や退職をすると、後任者はまずそのExcelの“解読作業”から始めなければならない。部署ごとに独自管理されたExcelファイルは、同じ顧客情報や製品情報をわずかに異なる内容で重複して持ち、月次のレポート作成では複数のファイルからデータを手作業でコピー&ペーストして集計する。数日をかけてもミスは避けられず、リアルタイムな情報共有は困難です。結果として、経営判断に必要なデータは常に古く、信頼性を欠いたものになってしまいます。
現行システムから出力される帳票も同じ構造を持っています。「データを抜き出して、Excelで加工して提出する」という流れが、ERP導入後もそのまま残る。この構造こそが、BPRを阻む最も典型的なパターンです。
このような状態では、どれほど高機能なERPを導入しても、結局は「ERPからデータを抽出してExcelで加工・分析する」という本末転倒な構図に陥りがちです。つまり、投資した費用の大きさに関わらず、業務の本質は何も変わらないのです。
BPRを始める第一歩は、こうした“静的な情報のやり取り”を動的にすることにあります。情報を現場で入力し、システムで処理し、必要な人がリアルタイムで確認できる流れを作る。
結果として業務の標準化とプロセスの再設計へとつながっていきます。
次の章では、この「脱Excel」を中心に、業務を見直す具体的な手順を整理します。ここでは、これまでのブログでも登場してきたECRS(Eliminate/Combine/Rearrange/Simplify)の考え方を用い、Excelをなくすことではなく、「Excelを使わずに済む業務の形を作る」ことを目的に進めます。